料理文化と火の使い方
4年前に家を新築し、IHを導入しました。
そろそろ、IHの良し悪しがわかったので、建築関係のページでIHの話を書こうか…と思ったのですが、その話をするには、世界の料理文化の知識がないといけないことに気づきました。
これは、どちらかというと料理ページの話題ですね。そこで、今回は「レシピ」ではなく、読み物として料理文化の話を書こうと思います。
目次
各国料理の火の使い方
中華料理の火の使い方
中華料理で使用される「中華なべ」は、底が丸い形状が特徴です。丸いため鍋の周囲に回りこんだ火の熱も余すところなく利用できます。また、元々は竈と一体に固定して作られたもので、竈から火が漏れないことも含めて本当に熱効率の高いものでした。
よく「中華なべは1つで全ての料理に対応できる」といわれますが、元々竈に固定されていたため「この鍋以外は使えない」という事情があったためです。1つで何にでも対応できる、ではなく、この1つ以外は使えない、というのが実情。いまでも、中国の田舎などのガスが使えないところでは、竈に固定された中華鍋が使われているようです。
元々薪の火力を最大に使えるように工夫された竈一体型の鍋は、薪の火力を十分に利用できるものです。しかし、竈の火力は現代の家庭用ガスコンロの火力とそれほど変わるものではありません。(燃やすものにもよるので一概に言えないのですが)
よく「家庭用コンロの火力ではおいしい中華は作れない」という人が居るのですが、中華の代表的な料理のほとんどが、この「薪の火力」で作られてきたことを忘れてはなりません。
また、「中華は強火で一気に仕上げる」ということが良く言われますが、竈の火では火力を途中で変えることは難しく、固定された鍋では途中で「火から降ろす」こともできず、結果として「強火以外は使えない」ために、その状態でおいしい料理を作るための調理方法が発達したためです。
中華鍋の料理技法の特徴は「鍋肌」の使い方にあります。鍋肌とは、底の丸い中華なべの脇のほうの部分のこと。
たとえば、中華料理ではさまざまなものを発酵させた「醤」が調味料として使われますが、一般的には鍋肌から投入されます。
発酵したたんぱく質に熱を加えることで香りを引き出す、揮発性の辛味成分を熱で飛ばし味を落ち着かせる、酒のアルコールを揮発させて、味と香りだけを残す、などおいしい料理を作る上での基本技法です。
また、鍋底の部分は食材を入れることで温度が下がりますが、鍋肌は温度が下がらない、ということも積極的に利用されます。
近年の中華料理では、中華鍋を振って食材を空中に浮かせる、いわゆる「火をくぐらせる」と呼ばれる技法があります。あれは、本当に食材を火の中にくぐらせているわけではなく、温度の高い鍋肌を使って早く火を通すための技法です。同時に空中に浮かせて表面積を増やし、水蒸気を飛ばし、全体をかき混ぜて味をなじませる役割も果たしています。
同じことを、昔の固定された中華なべでは、ヘラで食材を移動することで行いました。食材を鍋肌に移動し、かき混ぜるとともに、時々持ち上げて落とす。これで鍋肌の熱を利用できますし、味をなじませることも、水蒸気を飛ばすことも出来ます。実は、家庭用のガスコンロでは薪と同じ程度の火力しかないため、中華鍋を振らずにヘラでかき回したほうがおいしい中華料理が作れます。
先に書いたように、本来竈で使用されていた薪では火力の調節が難しいため、中華料理は途中で火力を変えず、強火で一気に仕上げる、という作り方が基本です。熾火(おきび)でじっくり作る焼き豚や北京ダック、豚の角煮に代表される煮物もありますが、全体の中では少数派だと考えてよいと思います。
フランス料理の火の使い方
北ヨーロッパでは夏でも朝晩は冷え込むため、暖房は一年を通しての必需品です。
そのため一日中暖房をつけていることも多く、自然と「そのうえで料理を作る」文化が発達しました。
鉄で作られたストーブの中で薪を燃やし、その上に鍋を載せて料理を作ります。そのため、熱が伝わりやすいように、底が平たくて大きい鍋が発達しました。フライパンはその代表的なものです。
フランス料理では中華料理の反対で、鍋を持ち上げるのは弱火にする効果があります。早く火を通したい時は、鍋の中で食材を移動させます。食材が無かった部分は鍋底が熱くなっているためです。ここらへん、形は違えど中華料理の「火をくぐらせる」技法と同じ。
薪ストーブでは火力の調節は難しいのですが、ストーブの上でもさまざまな温度のところがあるため、鍋を移動することで火力調節が可能でした。ここら辺が中華料理との違いで、弱火で調理しないと臭みがでてしまう、牛乳を使ったソースなどが発達しています。(ソースが発達したのは食材が悪かったから、という理由もあるが、それはまた別の話)
また、ストーブには「オーブン」が付いていることが多く、その中に入れることで全体から熱を加えることも出来ます。オーブンの中は気温が高く、湿度が低いため、水蒸気を飛ばして表面をパリッと仕上げる効果もあります。
ストーブの熱で料理する場合は、どうしても直火の火力は出ません。そこで、煮込み料理やオーブン料理など、時間をかけて火を通す料理が発達しています。その一方、必要に応じて火力を変えられるため、繊細な料理方法が発達しました。
現代ではガスコンロが発達しているため、フランス料理のシェフでもガスコンロを使うことが多くなっています。しかし、それでも基本は「ストーブの上での料理」なのです。
日本料理の火の使い方
日本では、調理は竈、または囲炉裏で行われました。
竈を使用する場合、丸底の鍋を置いて料理する、という点では中華料理と似ていますが、強火で火を通す料理よりも、煮物が中心でした。羽根釜は竈の穴と同じサイズの鍋に、穴に落ちないための「羽根」をつけたもので、ご飯を炊く以外にもさまざまな煮物に利用されました。
囲炉裏は暖房を兼ねた調理器具(?)ですが、鍋は天井につけられた「自在鉤」につるして使われます。炭火で調理されることが普通なので火力は弱く、煮物が料理の中心となっています。
魚が食文化の中心であった日本では、囲炉裏端で魚を焼くことも多く行われています。魚を焼く時は必ず炭火や熾火、変わったところでは鰹のたたきのように藁の強火で表面だけを焼きます。これは皮の水分を飛ばし、パリッとした風合いに仕上げることが最上とされたためです。江戸時代には七輪が普及し、魚を焼く際は七輪で、という文化もでき上がっていたようです。
第2次世界大戦後、GHQの号令で、囲炉裏と竈を中心とする日本の食文化は改められました。毎日薪を燃やす作業をしていることで、煙によって視力を落とす女性が多い、という報告があり、台所の改善は「女性の地位向上策」として位置づけられたのです。
これによってガスレンジが一気に普及したのですが、女性に歓迎された一方、男性の反発は強かったようです。特に問題となったのが、直火で焼く焼き魚。ガスで焼くとガスの臭いが移り、表面もパリッと仕上がらないのです。今と違って焼き魚が毎日のおかずの中心ですから、大問題です。焼き魚だけは七輪で炭火で料理する、という状況にもなりました。
表面がパリッと仕上がらないのは、ガスが燃える際に水蒸気を出すせい。現在多くのガスコンロには、魚焼き専用のグリルが付いています。これは上から下方向に火を噴出させることで、魚に熱は伝えながらも、水蒸気は上昇気流に乗って上へ逃がす、という巧妙なつくりになっています。もちろん、ガスの臭いも一緒に逃げて、臭い移りしません。