パスカルの計算機
歯車計算機を語る上で、絶対にはずせない機械があります。
それが、現存する最古の計算機、パスカルの制作した、「パスカリーヌ」です。
「人間は考える葦である」との言葉で有名なパスカルが、計算機の制作を思いついた経緯は余りにも有名です。
税務官吏であったパスカルの父は、毎日膨大な数の計算に追われていました。
1639年、当時16歳の少年であったパスカルはこれを見て、正確な計算が誰にでも簡単に出来る機械の必要性を感じ、機械式計算機の制作を思い立ちます。
その後研究を重ねた結果、パスカルは真鍮や銅で作った歯車・部品を組み合わせ、0〜9の数字が書かれた歯車を鉄筆で回転させることで、加減乗除の四則演算を行う機械を作りあげます。
パスカルはこの後10年間の間に「パスカリーヌ」と名付けたこの計算機を53台制作します。この制作理由は傾いていた家計を救うためとも、数学者として正しい計算に義務感をもっていたのだとも言われていますが、詳しいことはわかりません。
しかし、当時はまだ機械に対する信頼性が低く、機械は1台も売れませんでした。
この連載では第2回から歯車式の計算機を取り上げてきましたが、紹介しようと思いつつなかなか「パスカリーヌ」を紹介出来なかったのには理由があります。
取り上げる以上どのように計算を行うのか、などの仕組を解説したく、資料を探していたのですが、なかなか見当たらなかったのです。
最近やっと見つけた資料にはこのように書かれていました。
パスカリーヌについては、パスカル自身が、『操作法は文章にしても誰もわからないから書かない』って遺言状に残している。(「計算機屋かく戦えり」遠藤諭/アスキー出版局1996)
そのため、誰にも使い方がわからなかったのだそうです。
(同文献によれば、すでに東京理科大学諏訪短期大学経営情報学科教授の内山昭氏が使用法を解明しておられるそうです)
使い方の説明(1998/ 1/25 追加)
パスカリーヌ。
前々回の「ネイピアの計算棒」と同じく、静岡の子供科学館特別展で撮影。おそらくレプリカ(模造品)。
写真の物は6つのダイヤルがあるが、8つのダイヤルのものもあるようだ。
ある資料によれば、パスカルの計算機は 99+1 のような連続桁上がりがあるとうまく作動しなかったらしいのですが、パスカリーヌが現存する最古の機械式計算機であることにかわりはありません。
しかし、現存しなくても良いのであれば「シッカルトの計算機」というものもあります。
これはシッカルトの友人であった天文学者、ケプラーのために制作された計算機で、制作は16世紀前半(パスカルより百年近く前)とされています。
もっとも、ケプラーとシッカルトの往復書簡にその件に関する記述はあるものの、現物は残っていません。関連資料も17世紀前半に起った戦争により灰になったとされていました。
シッカルトの残した計算機のスケッチ。下にダイヤル、上に棒が並んだ構造であることがわかる。
ダイヤル部分は加減算を行うためのもの。
棒部分はネイピアの計算棒と同じ原理で、乗算を加算に変換するためのもので、このために乗算を簡単に行うことが出来た。
(「バベッジのコンピュータ」新戸雅章/筑摩書房1996 より図版引用)
1950年代に灰になったはずの設計図が偶然発見され、復元された計算機はちゃんと計算をこなしたそうです。ただし、これもパスカルの計算機のように、連続桁上がりはうまく計算出来ません。
驚くべきは、シッカルトの計算機が乗除算部分に「ネイピアの計算棒」の原理を利用していることです。パスカルの計算機では乗除は基本的に足し算/引き算の組み合わせで行われていたのですが、それよりも古いシッカルトの計算機では、乗算の結果を表に持つことで計算の手順を簡単にしています。
計算結果を表にすることで高速化、というのは現在のコンピューターでも行われている手法です。
パスカルの計算機は、以降の計算機文化に大きな影響を与えています。この後ライプニッツがパスカルの計算機を改良した、連続桁上がり可能な装置を作り、計算機は実用化されます。
その後は2進法による電子計算機の登場まで、基本的な仕組はずっと変わりませんでした。(タイガー計算機も原理は同じものです)
パスカルは、その業績をたたえて(?)、コンピューター時代になってからも計算機言語に名前をつけられたりもしています。
参考文献 | |||
計算機屋かく戦えり | 遠藤諭 | 1996 | アスキー出版局 |
バベッジのコンピュータ | 新戸雅章 | 1996 | 筑摩書房 |
計算機歴史物語 | 内山昭 | 1983 | 岩波新書 |