コンピュータの日記です

目次

2024-03-26 FireBird 購入
2024-01-09 パラレルポート
2023-12-17 Switch 修理
2023-11-14 WYSIWYG
2023-10-24 PC修理
2023-08-31 GODAN
2023-08-24 タイッツー
2023-06-21 漫画紹介「続く道 花の跡」
2023-06-12 FFT 差し替え
2023-06-08 68の日
2023-05-21 ディスクイメージ公開
2023-05-07 X68kサルベージ
2023-05-05 X68k実機と格闘中
2023-04-24 コラムス97の配信
2023-04-10 素人プログラマから見たX68k
2023-04-10 続 X68000Z
2023-04-02 X68000Z
2023-03-07 2つのタブレット
2023-01-02 新しい年に…
2022-12-27 ONU 不調の顛末
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FireBird 購入  2024-03-26 19:38:01  コンピュータ 歯車

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衝動買いしちまったぜ。


ある日、ネットでたまたま、FireBird という同人基板の存在を知った。


FireBird For Pro-Controller v2.0 【プロコン型基板】


Nintendo Switch の、Proコントローラーは評判が悪い。

いや、出来はいいんだよ。非常に使いやすいし十分な性能だと思う。


でも、耐久性が低いのだ。半年も使っていると調子が悪くなる。

7千円もするのに、半年ごとに買い替えるなんてできない。


耐久性が低い、というのは、アナログスティックが正しく反応しなくなる、という現象として現れる。

意図しない方向に勝手に進んでしまうこの現象、一般に「ドリフト」と呼ばれている。




我が家でも、純正品3台、互換品1台を購入している。


純正品は、時々任天堂に修理に送る。新品を買うよりは安いからだ。

でも、面倒くさい。修理の間遊べない、というのもつまらないので、複数台あることに意味がある。


純正品は高いので、一度互換品に手を出したが、振動が違う。

Proコンの振動は非常に繊細で、HD振動と名付けられている。

そして、各種ゲームではこの振動を非常に効果的に使っているのだ。

振動が違う、というのはゲーム体験を損なう。


互換品で、この振動を正しく再現しているものに、まだお目にかかっていなかった。



ところで、純正品は自分で分解して修理を試みたこともある。

修理というか、オーバーホールだな。清掃すると、少し良くなる。

でも、根本解決ではないし、面倒くさい割には効果が薄い。


そして、実は純正品のうち一部は、分解したときに基板を傷つけてしまい、動かなくなっていた。

任天堂に修理出せば治してくれるだろうけど、さすがに基板交換だし、開けるなって怒られそうだなぁ…

と思い、使えないまま死蔵されていた。




さて、そんな状況で、FireBird の記事を読んだのだ。


Proコンの基板を交換するもので、HD振動にも対応しているという。

一番の売りは、ドリフトが起きにくい部品を使っているということ。


これだ。基板が壊れているが、それ以外の部品は生きているのだ。これを買えば復活できる。


秋葉原のショップで通信販売している、というので見に行ったら売り切れていた。

作者の方が、BOOTH でも販売しているというので見に行ったら、在庫わずかだったので即決で購入した。



…で、購入してからさらに情報を調べる。

先に書いておけば、思ったほど理想的なものではなかった。


HD振動に対応している、とあるが、純正部品を取り外してはんだ付けの必要がある。


もしくは、Proコンではなく、Switch の特徴であるジョイコンを2つ壊して、中のHD振動素子を取り出す。

こちらの場合はコネクタ付けになっていて、FireBird にはこのコネクタを差し込む部分が用意されている。


一番の問題点は、無線に対応していないことだろう。

今時のゲーム機は、コントローラーが無線だ。でも、FireBird は USB 接続の有線にしか対応していない。


いや、もっと潔いことに、USB ケーブルを直接はんだ付けして、コントローラーから直接「線を出す」こともできるそうだ。USB特有の接触不良でゲーム中に操作不能にならないように、という配慮。


有線にすることで、純正の Proコントローラーよりも、信号の遅延を少なくしているそうだ。

無線がない、というのは、デメリットではなくメリットとして作られているようだ。




さて、届いたのは10日くらい前。


まず、壊れているProコンを開けて、そのまま基板を組み込んでみる。

以前も書いた気がするが、Proコンは任天堂製品にしては珍しく、ただのプラスドライバーで開けられるようになっている。

開けると保証は利かなくなるが、基板にメッセージが書いてあったりするあたり、積極的に開けて、と言わんばかりだ。


リボンケーブルのコネクタの扱いとか、少し知識が必要な部分はあるかもしれないが、特に難しいところもなく換装完了。

この時点で、まだ HD 振動は付けていないが、代わりの振動モーターは付いている。


で、さっそく Switch につなげて、コントローラーの動作を見てみる。


…アナログスティックをぐりぐりしても、綺麗に円を描くように動かない。

最初はキャリブレーションが必要なようだ。




Windows 用にツールが提供されているので、ダウンロードする。

Switch のコントローラーを Windows に接続し、このツールを使うと、いろいろな設定ができる。


まずはキャリブレーション。指示通りにコントローラーをぐりぐり動かすと、可動範囲を認識して、それが最大幅になるように出力値を調整してくれる。



FireBird はいわゆる「ゲーミングコントローラー」で、無駄に LED を光らせられる。

でも、アナログスティック周り以外は、純正の部品のままでは光が外に見えないようだ。

内部で光っているのはよく観察すればわかるが、ボタン部分ってゴムのシート使っているから、光がさえぎられる。


というわけで、光っても無駄な部分は光らないように設定する。

それ以外も全部光らないようにしようと思ったが、光っているのが案外家族受けが良かったので、見える部分は一番暗い設定で光らせる。その程度で十分。


色はランダムで。自由に色を出せる LED 使っているので、七色に光る。



他にもいろいろ設定項目があるが、ここで説明しても面白くないので割愛。

このコントローラーが、ゲームにこだわりがある人向けにできていることがよくわかる。




さて、実際使ってみると、いい感じなのだが、やっぱり HD振動が無いと使い勝手が悪い。


ここで忙しさのために一週間ほど放置し、先日の日曜日に HD振動の取り付けを行った。


と言っても、元の基板からニッパーで切り離して、FireBird に用意されている、はんだ付け用のランドにつけるだけ。極性はないので間違える心配はない。

元からついているモーターは、ニッパーで切り離す。


Windows 用のツールで、HD振動の素子が付けられている、ということを認識させる。


これで使ってみると、振動が強い。

ツールで振動の強さも変えられるので、10段階のうちの5にしてみたが、まだ強い。

3にしてみたら、少し強いが大体純正品と同じくらい。 2でもいいのかもしれないけど、とりあえず3のまま使っている。




その後数日使っているが、設定さえ終わってしまえば、ごく普通のコントローラーだ。


今は、Switch に付属の 1.5m のUSB ケーブルで接続しているが、ちょっと短い。

ダイソーで 200円で 2m ケーブルを売っていたので、今度買って来よう。




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パラレルポート  2024-01-09 15:04:44  コンピュータ

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アマゾンPrimeVideo で、16bitセンセーションを見た。


素晴らしい内容だったので、PC98が「国民機」だった時代を知っている人はぜひ見てほしい。


もっとも、アニメとして、当時を知らない人でも楽しめる工夫はある。

でもやっぱ基本は「当時が懐かしい」人向けだ。


当時を知っているなら、また、何らかのクリエイターであるならば、何か感じられるはずだ。



で、僕はにわかファンなのであまり感想などは語らないことにしておく。

原作は同人誌から始まって、内容が良かったのでで商業単行本になり、アニメまでなった。


その転機ごとに、当時を知らない人でも楽しめるように工夫が凝らされてきたようだ。

だから、お話としてのクオリティは高い。


でも、僕はアニメを見て楽しかった、というだけの人間なので、変に語るとファンからお叱りが来るかもしれない。


…そういいつつ、別の場所では感想書いてる




さて、あまり語らないのにわざわざ日記に書くのは、そのアニメの中で「98の後ろについている端子類」の話が出ていたからだ。

これは話の中でちょっと「知識を試す」ための枕みたいなもので、詳細についてはどうでもよいのだけど。


それで、ちょっと思い出したことがあったんだ。


当時のパソコンでは大きくて場所を取っていた端子(ポート)の一つに、プリンタポートがある。


セントロニクス・プリンタポートと呼ばれる。

セントロニクス社はアメリカのコンピューター会社だが、発売したプリンタ製品が大ヒット。

このプリンタが使用する電気信号型式・コネクタ形状が業界標準になってしまった。


といっても、素晴らしい規格をまとめた、というのではない。

文字コードを 8bit パラレルで送ることができて、プリンタ側からは、プリンタの状態を示すために5本の信号線が出ている。

他にもいろいろあるが、単純で分かりやすく、機能として十分である。


この単純さが良かった。色々なことに使えた。


しかし、いまはプリンタは USB や WiFi で接続する時代だ。

プリンタポートはもう存在していない。



ここで、ちょっとプリンタポートについて語ってみよう。




8bit 時代の FM-7 では、プリンタポートに接続するジョイスティックがあった。


先に FM-7 の特殊性を書いておく必要があるな。

FM-7 では、キーボードが、ハードウェアとしてとてもよくできていた。


通常、キーボードは一度押すとそのキーに印字された文字が入力され、押し続けると、一定時間後にキーが連打されたような動作になる。


これ、通常はソフトウェアで実現されている。キー自体は「押されている」ことしかわからない。


押されると、そのキーの文字が入力されたことにされるが、押されたままでは次の文字入力は起こらない。

しかし、内部的にタイマーを持っていて、一定時間がたつとまた入力される。

以降、短時間で繰り返し入力が行われる。


このプログラム、作ったことがある人ならわかると思うが、案外面倒くさい。

面倒くさいから、FM-7 では、キーボード側にこの仕組みが実現されており、CPU からは「キーが入力されたかどうか」だけを見ればよいようになっている。


…これが余計なお世話で、キーが入力されたかどうかしかわからない。今押されているかどうかを知る方法がないのだ。


これは特にゲームで致命的で、「押しっぱなしの間動く」が実現できない。

だから、FM-7 のゲームでは、押したら動き始めて、停止キーを押すまで動き続けるのが普通だった。

微妙な動きが必要とされるゲームとかは非常に遊びづらい。


そこで、プリンタポートにジョイスティックをつなげる。


先に書いたが、プリンタポートには、プリンタ側の状態を知るための信号線が、5つある。

これで、上下左右と、1ボタンを認識することができる。


ジョイスティックのボタンが2つになったのは、ファミコン発売以降と考えてよい。

だから、初期のゲーム用なら、ボタンが1つあればよかった。



後には、ボタンが2つのジョイスティックも発売されている。

この場合、5つの信号線では足りない。


そこで、上下左右とボタン2個のスイッチを、8個あるデータ線に接続する。

スイッチの逆側は、プリンタの信号線(何でもよいが、仮に紙切れ信号としよう)に接続されている。


これで、データ信号を 1bit づつ ON にして、紙切れ信号を見れば、ジョイスティック側のスイッチが ON か OFF かわかることになる。

上下左右と2つのボタンを調べるのに、6回データを送り、信号線を見る必要があるが、とにかく調べることはできる。



いずれの場合も、特に規格が定まっていたわけではなく、様々なジョイスティックが作られていた。

ゲームに対応したジョイスティックでないと使えない。




自分が大学生の時の話。コンピューターサークルに入っており、毎年大学祭には、自作ゲームなどを展示していた。

当時 PC-9801 は、FM音源で音楽は演奏できたが、PCMによる音声再生などはできない時代。


先輩が、98 で録音音声を再生するプログラムを作った。

録音は FM-Towns で行っていたのだけど、再生は 98 。


実は、無理やり喋らすようなソフトは当時すでにあったのだが、音声が非常に汚かった。

しかし、先輩のプログラムは美しく再生する。


仕掛けは、プリンタポートにあった。非常に簡単なハードウェアをプリンタポートに繋いであったのだ。


プリンタポートには、8bit の信号が出力される。

これはデジタルデータだ。


先輩が作成したハードウェアは、このデジタルデータを、「倍々に増える抵抗を通して」スピーカーにつなげてあった。

8bit は2進数なので、128の位、64の位…となるのだが、128の位は抵抗を入れていない。64の位は電圧が 128の半分になるように抵抗を入れてある。

以降、32は64の半分、16は32の半分…となるように抵抗が入っていて。単純にこの電気信号を全部合わせたものがスピーカーに接続されるのだ。


これは、非常に単純だけど、デジタル・アナログ変換機だった。64 は 128の半分の電圧になるのだから、デジタル信号がアナログ化されたと言ってよいのだ。


プリンタポートにデータを送る速度などは、うまくプログラムしてやる必要がある。

パラレルポートってこんなことに使えるんだ、と目から鱗だった。


(先輩の説明によれば、8bit 時代のエロゲに、同様の原理で女の子の声を出力するソフトがあったので真似した、とのことだった。

 今調べたら、Wikipediaに情報があった。)




さて、時代はずっと後、IBM-PC にも CD-ROM が普及し始めたころ。

普及し始めた、とはいっても、まだ普及率は低い。接続にも別途拡張ボードが必要だったりして、使用している機種がノートパソコンだったりすると、拡張ボードが使えない。


そんな時代に、プリンタポートに接続する CD-ROM ドライブがあった。

僕はこれを使って知人のノートパソコンに Windows (たしか 95)をインストールしたことがある。


この頃は、プリンタポートが、「セントロニクス」の独自規格ではなく、IEEE 1284として規格化されていた。

そして、この規格化の際に、PCからプリンタに向けて 8bit 送信、となっていたポートが、8bit の双方向通信に拡張されていた。


CD-ROM は、この規格を利用したものだ。

…ただし、あくまでも珍品。


DOS に専用ドライバを自分で組み込まないと使えなかったし、転送速度も遅い。

Windows 用のドライバは、少なくとも僕が持っていたドライブにはなかった。




自分の過去の仕事の話だが、ゲームセンター用の占いゲームを作ったことがある。

その時は、ドライバなんてないから、自分で直接プリンタを制御した。


たしか、プリンタ接続用の子基板を、ハードの人が作ってくれたはず。プリンタ制御用の IC が入っているの。

それで、プリンタだけでなく、占いに使う別のユニットとの通信もやっていた。


この通信は、4bit の「ニブルモード」だったのだけど、これも今考えると IEEE1284 のニブルモードだったのではないかな。

当時はそれほど規格に詳しくなくて、スペックシート読みながら先輩がプログラム組んでいただけだけど。


まぁ、プリンタ用の IC を使っていただけで、プリンタポートに変なものをつないだわけではないのだけど、信号的には同じ気がする。




以上。


プリンタポートには案外プリンタ以外のものが繋がる、という話を書きたかっただけなので、オチはない。

プリンタポートの構造が単純だったからこそ、こうした応用も簡単だった。


今は USB でなんでもつながるけど、USB に自作の回路をつなげようとか思うと大変だ。


(USB から簡単に自作回路を制御できる装置、みたいのは売っているけど)



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Switch 修理  2023-12-17 16:57:33  コンピュータ 歯車

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Nintendo Switch が膨れてきた。


つまりは、内臓バッテリーが老朽化で膨れてきたのだ。

任天堂は「使用上の問題はありません」と公式声明を出しているのだけど、膨れすぎて筐体に隙間が空き、中の基盤が見える状態になって、さすがにこれはまずいのではないかと思うようになった。


確認してみると、任天堂に修理に出すと、10日ほどかかる…つまりその間 Switch は使えない。

さらに、修理で本体のデータなどはすべて消える。



任天堂公式ではない修理方法…つまり、これをやるとその後の保証は一切なくなる前提で、町の修理業者に持ち込んだり、自分で修理する方法もある。

この場合、内部のデータは消えないし、1~2時間で修理が完了する。




今回、自分で修理を選んだ。


電池と、内部の冷却ファンを Amazon で購入。

1度だけだが、内部のファンが異音を立てたことがあったので。ファンは回転部分があるので消耗品だ。


電池とファンの交換、という話では、先日自分のパソコンも同じような修理をしている



少し前に部品は届いていたが、修理の時間が取れず、昨日土曜日に修理を行った。




iFixit をよく読めば難しいものではない。

(特殊工具を持っている必要はある。うちにはある)


筐体をあける部分が、内部の爪がはめ込み式になっているため苦労するらしいのだが、バッテリーが膨れたことにより筐体はすでに開いていた。


電池の両面テープをはがすための 90% アルコールは手元になかったので、75% 消毒用アルコールで代用。

糊が弱くなるのに時間がかかったが、ちゃんと剥がすことができた。


電池交換はすぐにできた。所要時間 30分程度か。


しかし、ファン交換でトラブル発生。

ファンを外すまでには、数多くのネジを外さないといけない。その途中で、ネジの1つをなめて…頭の十字の切れ込みを、潰してしまった。


なめないように注意しながら作業していたのだが、1カ所、力をかけにくいネジがあったんだよ。

そこで、なめてしまった。それ以上作業を進められなくなった。


仕方がない。急務だったのはバッテリー交換で、ファン交換は今はやらなくても良い。

今回に限らず、こういう事故は起こりえるから、今度なめてしまったネジを回すための特殊ドライバー買おう。



元のように組み上げる。

バッテリーが膨れて隙間が見えていた部分、筐体がちゃんとハマらない。どうやら、膨れたときに内部の爪が折れてしまっていたようだ。


なので完全に元通り、というわけではないのだが、明らかに膨れていた本体がスリムになった。



動作確認。問題なくゲームが遊べている。

その後1日、家族中で遊んでいるが問題は出ていない。




多分、任天堂の「修理」は電池だけでなく、基板ごと交換してしまうのだと思う。

電池は強力な両面テープで基板に貼られていて、これをはがすのが一番大変なポイントだから。


だからデータも消えて当然。

もっとも、実際修理に出していないので、本当に基板交換なのかは、知らない。




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WYSIWYG  2023-11-14 18:14:06  コンピュータ

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WYSIWYG 。うぃじうぃぐ と発音する。


急にこの言葉を思い出した。

昔は、特に Macintosh の界隈では、これが非常に優れたものを示す言葉のように使われていたのだが、聞かなくなって久しい。今では死語なのだろう。


こんな言葉を覚えていても何かの役に立つわけではないが、消えゆく言葉が寂しいので、すこし解説しておこう。




大昔のコンピューターにはディスプレイは付いておらず、出力はプリントアウトだった。

このプリントアウトも、プリンターのような気の利いたものがついているわけではなく、電動タイプライタが文字を印刷するだけだ。

タイプライタなので、文字の形・サイズは決まっていた。



後にコンピューターにディスプレイがつく。

「紙を消費しないプリンタ」と言った位置づけで、文字を表示することしかできなかったし、その文字も大きさを自由に変えたりはできない。


コンピューターの画面上では、文字は 80桁か、それよりも短い桁数で折り返された。

しかし、タイプライターは、もっと長い「1行」を印字することができた。


だから、コンピューター上で文章を書いて、プリントアウトすると、行の折り返し位置などはコンピューター上で編集していたのとは違う位置になった。

それでも文章内容が変わるようなことはない。これが当時の当然だし、誰も疑問に思わなかった。




事務機器メーカーとしての、コピー機を発明した Xerox は、未来の事務機器を研究するために、パロアルトリサーチセンターを作った。


そのパロアルトで、経緯は省くが全く新しいコンピューターが開発される。名前を Alto という。

画面には画像を表示できた。文字も表示できるが、画像として表示するため、サイズを変えたり文字の形を変えたりできた。


Alto で作成されたワープロでは、見出しの文字を大きくしたり、太い文字にする、下線を引く、などの操作ができた。これは、当時の他のコンピューターにはできなかったことだ。


当時のコンピューターは、ディスプレイは「横長」で使うのが普通だった。テレビというのはそうしたものだったからだ。

一方で、多くの書類は、縦長の紙に印刷される。


Alto では、書類に合わせるように、ディスプレイを縦置きに使っていた。

さらに、当時のコンピューターの常識を逆転させ、「白い背景に黒い文字」を表示できた。


当時の通常のコンピューターは、黒い背景に白い文字を表示した。

Alto は白黒マシンで、当初は常識通り黒い背景に白い文字だった。

しかし、「紙に近づける」目的で、開発途中で出力回路に白と黒を逆転させるスイッチが付けられた。



ともかく、Alto は「コンピューターを紙の書類に近づける」ことを一生懸命に行った。

コピー機メーカーが未来の事務用品を研究しているのだから、紙に近づけるのは当然の帰結だった。



極めつけが印刷だった。当時すでに、文字を点の集まりで表現する「ドットインパクトプリンタ」は存在した。

しかし、Xerox はコピー機のメーカーだ。コピー機の技術を使い、非常に美しい印刷を行うレーザープリンタが開発された。


ここに未来のオフィス機器が完成する。

Alto 上のワープロで作った文章は、印刷しても全く見栄えが変わらなかった。新しい文章作成方法だった。



このことを表現する言葉が、WYSIWYG だった。

What You See Is What You Get。見たものを得られる。


今では、ワープロ画面と印刷が同じ、なんていうのは当たり前のことだ。

しかし、Alto まではそれは当然ではなかったのだ。




Macintosh は Alto を見たジョブズが「パクった」ものだ。

しかし、ジョブズは Alto よりも、もっと細部にこだわった。


英語圏の活版印刷技術では、文字などのサイズを「ポイント」という単位で表現する。


まず、よく使われるサイズの活字がある。

これは「読みやすいサイズ」と何となく共通認識が出来上がったサイズ、というだけで、何か規格があったわけではない。


活字というもの自体、大量生産ではなくて印刷所で必要に応じて鋳造するものだ。

手作りなので、印刷所ごとにサイズは微妙に違っていた。


このサイズの活字の、縦の長さを 12等分する。12っていうのは、いろいろな数値で割りやすいため、10よりも使いやすい。

この、12等分した1つの大きさが、1ポイントだ。


言い換えれば、通常の文字の大きさは 12ポイントになる。


1ポイントは、今ではおよそ 1インチの 72.27 分の1、とされている。

先に書いたように、活字のサイズは印刷所ごとに違ったので、これは厳密な数値というわけではない。



さて、ジョブズは Mac を作るにあたり、紙への印刷を前提とするのだから、すべてこの「ポイント」を単位として作ろうとした。


ディスプレイ上のドットのサイズは、1/72 インチになるように調整された。

初期の Mac はディスプレイ一体型だったから、そういうコントロールができた。


そして、標準的な文字のサイズは、縦の長さを 12ドットとする。

つまり、12ポイントの標準的な文字のサイズだ。


専用のプリンタは、ドットインパクトプリンタだったが、1ドットが 1/144 インチだった。

144 は 72 のちょうど2倍。ディスプレイが基準になっている。

だから、ディスプレイに表示したものと、見た目が同じだけでなく、サイズまで同じものが印刷できる。


ただ、1ドットが 1/144 インチ (以下 144dpi と書く。144 dot per inch の意味)って、プリンタとしてはかなりドットが荒い。

ディスプレイは技術的な限界もあって、72dpi でも仕方がないのだけど。


だから、プリンタはのちに3倍の解像度を持つ、 216 dpiのものが作られている。

最終的には、商用として最初のレーザープリンタ(300dpi)は、Apple が発売した。




ところで、当時のパソコンは、文字のサイズを 8の倍数ドットで描くのが普通だった。

8bit 単位でデータを扱うからね。白黒を2進数に置き換えて、8の倍数ドットだと処理しやすいんだ。


IBM-PC の場合、初期は縦8ドットだったが、途中から縦の解像度が上がったため、16ドットで扱うようになった。

これは、まだ「文字しか扱えない」時代の話。文字を大きくしたりすることもできない頃。


Windows が開発されたころも、「文字のサイズは 16ドット」という常識が残っていた。

だから、今でも、Windows は標準的な文字を、縦 16ドットで扱う。


しかし、Windows でも対抗上、Mac のように WYSIWYG をやりたかった。

単に見た目が同じ印字ができる、というだけでなく、同じサイズの印刷がしたかった。


ジョブズは、印刷に合わせて1ドットを1ポイントのサイズにするのにこだわった。

しかし、多くの人は印刷業界の単位なんて関係ないのだ。ドットとポイントを合わせる必要なんてない。


そして、Windows は画面を 96dpi 、と定めた。

実際には、Mac のように内蔵された専用ディスプレイがあるわけではなく、メーカーごとにディスプレイサイズも変わる。


だから本当のサイズはわからないが、標準的には 96dpi としたのだ。

定めてしまえば、後はメーカーがそれに合わせたディスプレイを作ってくれるだろう。


ドットが 1/72 インチの Mac で、12ドットの文字を表示すると、サイズは 12/72 インチ = 0.1666 インチだ。

ドットが 1/96 インチの Win で、16ドットの文字を表示すると、サイズは 16/96 インチ = 0.1666 インチだ。


ほら、つじつまが合った。

Windows の画面が 96dpi なんていう、何に由来するのかわからない変な値になっているのは、このような原因だ。




究極の WYSIWYG は、Apple 社を追い出されたジョブズが興した新会社、NeXT コンピューターで完成する。


Apple が世界初のレーザープリンタを発売した時、発売は Apple からだったが、開発には他社の力を借りている。

その一番重要な部分が、PostScript 言語だった。


それまでのプリンタは、文字やグラフィックのデータをドット単位で送れば印刷できた。

しかし、レーザープリンタは非常に高精細で、ドット単位でデータを送ることは現実的でない。


そのため、特殊な「言語」で、どの文字を、どの位置に、どんな大きさで、といった指示を送るのだ。

グラフィックも、座標間に線を引いたり、塗りつぶしたりという指示で描ける。


ところで、Mac も画面表示を「どの文字を、どの位置に、どんな大きさで」と言った指示で作っていた。

これは QuickDraw と呼ばれる Mac 独自の方式だったが、考え方は PostScript と同じようなものだ。


レーザープリンタが PostScript 言語を理解する、ということは、パソコン側、ここでは Mac が、画面に表示されているものを PostScript に翻訳しなくてはならない。


これがなかなか大変な作業だったし、指示方法の微妙な違いで、完全に同じとはいかない場合もあった。



そこで、NeXT コンピューターでは、画面表示も PostScript で行った。


PostScript は、プリンタの解像度に依存しないように、座標などが高度に抽象化されていた。

だから、高精細なプリンタと、ブラウン管の技術的限界からドットの荒いディスプレイで、全く同じ指示で表示ができた。


ここに、画面表示とプリンタへの印字が全く同じ方法で行われている、という WYSIWYG の究極系が完成する。

この方式は、今では Mac OS X に引き継がれている。




ところで、画面に PostScript で表示を行うのは、Mac OS X だけの技術というわけではない。


PDF ファイルは、その内部が PostScript でできている。


PDF 表示が可能なソフトは、PostScript を解釈して、画面に表示するように変換している。

また、PostScript ではないプリンタで PDF を印刷するときも、プリンタに合わせて変換している。


これは Windows でも当たり前に行えているが、当然 Mac OS X はこの処理をうまくやる。

なにせ、OS の内部に PostScript が組み込まれているのだから。




さて、今となっては、画面の表示どおりに印刷できる、なんていうのは、当たり前のことだ。

むしろ、違っていたら文句が出るだろう、というレベル。


だから、WYSIWYG なんて言葉は、あまり使われなくなっている。

ここに書いたものは、懐かしさからまとめておきたかっただけで、知っていても役立たない無駄な知識だ。



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別年同日の日記

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PC修理  2023-10-24 10:44:54  コンピュータ 歯車

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メインとして使用しているノートPCが不調だった。


主な症状は、冷却ファンのうなり。

半年くらい前から時々うなるようになった。


最初は何が起きているかわからなかったが、とにかく一回電源を切り、その後で再起動すると解消した。

何度目かで、冷却ファンがうなっているのだと理解した。


回転する部品は、その回転で軸が摩耗する。がたつき始める。

するとうなる。当然の話で、パソコンの中で壊れやすい部品の一つだ。


しかし、上記に書いた通り、一旦電源を切れば解消したし、この現象は稀にしか起こらなかった。

大体月に一度くらいだったかな。


そのため放置していた。


メインマシンは HP Pavilion 15-cs0000 。購入はもう4年前になるのか。

消耗品が壊れてもおかしく無いころだが、まだ買い替えるには早すぎる。




この一週間くらいで、急に症状が悪化した。


少しづつ問題が起きやすくなってきているのは気づいていたが、それでも2週間に1度くらいの頻度だった。

それが、一週間前から急に、1日数回起きるようになったのだ。


これはいけない。さすがに仕事に支障が出る。

以前から目星をつけていた補修部品を慌てて購入。



補修部品の冷却ファン、ネットで情報調べると全然形の違う2種類が出てくるんだよね。

HP Pavillion はシリーズの名前で、15-cs でもその後ろの型の違いで内部構造が違ったりするらしい。


そのため、一度開けて確認しないと、と思っていたが、開けるのが手間なので躊躇していたのだ。

購入前に開けようと思って、開け方の説明ページを探した。

すると、以前は「類似機種」のものしか見つけられなかったのだが、全く同じ機種の開け方説明があった。


あー、以前は「修理」で探していたのだけど、見つけた説明は、発売直後にいきなり中をあけて確認している物だった。

修理じゃないから検索にかからなかったんだ。


しかし、これでファンの形が明確になったので、開けずに注文。




昨日届いたのだが、昨夜は修理の時間がなかった。


また今晩やろう、と思っていたのだが、仕事開始しようと思って PC の電源を入れたら、最初からうなりだした。

しかも、スリープ・リジュームを繰り返しても鳴り続ける。


これは、修理しろということだな。覚悟を決めて修理を開始する。

仕事の開始時間1時間前。開始時間までに終わらなかったら、開始時間を遅らせてもらおう。



しかし、難なく修理完了。

本体側はネジが見えている物3カ所、ゴム足に隠れている物3カ所。

精密ドライバーでこれらを外したらあとは、嵌め込まれたプラスチックカバーを外すだけ。


このカバー外し、最初の1カ所を外すのが難しい…と説明にはあったのだが、電池が膨れているので勝手に開いた。

新品でいきなり開けた人は苦労したけど、修理の時には勝手に開く感じか。


あとは、隙間にプラスチック片を差し込んで、はめられている爪を外していく。


基板が見えたら、ファンは数カ所のネジを外して交換するだけ。

今回、ついでに電池も購入したので、一緒に交換した。先に書いたように、カバーが勝手に外れるくらい膨れていたので、外見からも膨れていると明らかだったのだ。




修理が終わって電源を入れる。

なかなか画面が出ないので焦ったら、「COMS の内容がおかしいから、BIOS でセットアップ確認してね」(意訳)とメッセージが出た。

電池パック外したから、設定のバックアップRAM の内容が消えてしまったのだな。


さて、どうやって BIOS に入るんだっけ、と思いつつ再起動したら、何の問題もなく再起動完了。

時計が少しずれているので、NTP の問い合わせをして完了。


ファンの音、とても静かになった。うなっていなくても、少しカラカラ音がしていたんだ。

それが今は静か。


電池の上、パームレストが妙に膨れていたのもなくなった。



合計8,600円の修理でした。



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GODAN  2023-08-31 09:43:37  コンピュータ

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ここ2か月くらい、Android 用の標準入力システムである GBoard で、GODAN キーボードを使ってみている。


…さて、いろいろと説明が必要だろうな。標準システムでありながら、超マイナーな存在だから。


まず、GBoard は Google が開発した入力システムだ。各国語に対応している。

当然日本語も入力できるが、この入力方法は5種類ある。


・12キー(いわゆるフリック入力)

・QWERTY キーボードによるローマ字入力

・手書き文字認識

・GODAN

・50音表


フリック入力が一般的だろう。スマホで QWERTY は使いにくい気がするが、PC中心の人には悪くないかもしれない。

手書きと50音表は、入力が面倒くさそうだと思うが、機械馴れしていない人には良いのかもしれない。


そして、GODAN だ。一番マイナーな存在だと思う。

でも、一番最後に開発され、それまでの不満点を解消したものなのだ。




スマホ文字入力の歴史。

といいつつ、言語学の話から。



英語で使われるアルファベットも、日本語で使われる かな も、ともに表音文字と一般的には言われる。

音をあらわす文字で、漢字のように1文字で意味を持つわけではない、という意味だ。


しかし、より厳密な分類では、アルファベットは音素文字、かな は音節文字だ。

音素文字は音を最小単位まで分割しており、単体では発音すらできない場合がある。(子音のみの音など)

音節文字は、音を「音節」、つまり、発音できる単位で区切る。そのため、単体で発音が可能だ。


日本語の場合、母音が5種類ある。子音はたくさんあるのだが、9種類で代表され、他の子音はこの 9種類の亜種、という位置づけだ。

そのため、母音5種類に、子音…または「子音無し」の10種類を組み合わせ、一般に 50音と呼ばれる。

(実際には文字の種類は 50ではないが)


ここで、50音表では、子音が同じものを「行」、母音が同じものを「段」としてまとめられている。

行が10種類、段が5種類だな。


以下も、この名称に従って話を進める。


行が10種類に収まる、というのは、数字と相性が良い。


スマホ入力より昔、携帯電話よりさらに昔、ポケベルが流行した際には、プッシュホンのキーで文字を送ることができた。

1回目のキー入力で行を選び、2回目のキー入力で段を選ぶ。

慣れると、50音表が頭に入ってしまい、かなり高速に入力できる。


2回タッチすることで1文字を送る、いわゆる「ツータッチ入力」だ。

この頃は、家の電話や公衆電話からメッセージを送れたが、「入力中」の文字を確認するようなディスプレイはなかった。



携帯電話の普及の際には、ディスプレイが付いた。

入力中の文字が何であるか、確認しながら入力を進められる。


ここで、より分かりやすい入力方法として、テンキー入力が考案された。


ツータッチ入力では、キーの役割が行、段、行、段と交互に変わる。これが慣れた人でないとわかりにくい。


テンキー入力では、キーを行に固定した。そして、連続してキーを押す「回数」で段を選ぶようになった。


お段は5回押さないといけない。「起こそう」という4文字を入れるには、お、こ、そ、の時点で15回、全体では18回ものキー入力が必要となる。

あまり効率の良い方法ではないが、わかりやすかったので普及した。


余談だが、この頃「POBox入力」という日本語入力の発明が現れた。

上に書いたように、1文字の入力の打鍵回数が多い環境では、長い文面はとても入れられない。


そこで、途中まで入れたところで入力したい内容を「予測」して、候補を示し、選べるようにするという方式だった。

今では当たり前の方法になっているが、画期的な入力方法だった。



さて、スマホの時代になり、入力は実際のキーではなく、タッチ入力となった。

テンキー入力の「回数」で段を選ぶ形式は、タッチ入力では使いにくい。実際に押した感覚がないため、人の感覚とコンピューターの認識にずれが生じることがあるのだ。


ここで、POBox 入力の開発者が、また新しい日本語入力の方法を発明する。

「フリック入力」だった。


これは、ツータッチ入力とテンキー入力のいいとこどりだ。

テンキー入力のように、キーの意味は「行」に固定されている。しかし、その後に指を動かす方向により、「段」を指定する。

行と段を交互に指定、という方法はツータッチ入力と同じで、最大5回もキーを押す必要が無い。


まぁ、現在一番普及している方式だから、多くの人が理解していると思う。


2023.11.20 追記

フリック入力について事実誤認があったので訂正。


POBox の開発者は、Apple に入社してフリック入力の開発に携わったのは事実だが、フリック入力は彼の発明ではなかった。


古くは、Apple Newton 用に日本人が開発した Hanabi が同様の仕組みを使っている。


ただ、この方式は、いわゆる「テンキー」を模したものではない。

スマホ向けにテンキーを模したインターフェイスでフリック入力を行う方式は、ミュージシャンの小川コータが iPhone が国内発売される前に考案し、特許を取得している。






フリック入力の弱みは、撥音、拗音、濁音、半濁音、それに数字だ。

最初に、日本語の発音は子音 9種類に「代表される」と書いたが、実際の子音はもっと多い。


これらの子音表現のため、撥音、拗音、濁音、半濁音を使う。

フリック入力は、「代表される」文字の入力に特化しているため、これらの文字は直接入れられない。


とはいえ、これらの文字には規則性がある。

撥音・拗音…つまり「小さな文字」に使われる文字は、濁音・半濁音にはならない。

また、半濁音は「は」行でしか使われない。


そのため、「文字を変化させる」キーが1つあればよい。

通常は、このキーを押せば、その直前に入力した文字が適切に変化する。

「半濁音」を指定する時だけ、文字変化キーをフリックする必要がある、という特例があるが。



そして数字。

フリック入力は、テンキーを「かな入力に」使うことに特化させてしまったため、数字は入力できない。

これが、文章中に数字って結構入るのだ。


アルファベットの入力ができない、というのもあるけど、こちらは数字よりは頻度が少ないだろう。

いずれにしても、「かな」以外を入力するときには、キーボードを切り替えることになる。




GODAN キーボードはこれらの弱点を解消するように作られている。


フリック入力などで使うテンキーは、縦に4つ、横に3つのキーが並ぶ。

GODAN では縦に5つ、横に3つと、1段増えている。

いまさら、プッシュホンから続く「テンキー」に縛られる必要はないのだ。



左の縦1列は、A I U E O の母音が並ぶ。

右の2列は K S T N / H M Y R W の子音が並ぶ。


まぁ、これだけ見れば大体使えるだろう。子音と母音を交互に打てばよい。

両手持ちなら交互に打つのも早いだろうし、片手持ちでもそれほど大変ではない。


濁音を入れるには、子音を右にフリックする。

K は G に変わる。S は Z に変わる。

半濁音は左だ。と言っても、これは H だけ。P に変わる。



拗音はどうだろう。「みょ」と入れることを考えてみよう。


フリック入力では「ま」を選んでから左に動かして「み」にする。動作としては2ストローク。

同様に「よ」を選ぶのも2ストローク。最後に、「よ」を小さくするために「小」を押す。

合計5ストロークが必要だ。


GODAN はローマ字入力なので「MYO」と3文字を入れる。3ストロークで済んでいる。



ちなみに、ローマ字で使用しないアルファベットは、「連想しやすい音」の上方向フリックに割り振られている。

Q は K の上、C は T の上、という感じだ。

(「ち」はローマ字では TI でも CHI でもいいのだから、C が T に紐づけられるのは自然だ)


でも、アルファベットはローマ字変換されてしまうので、英語入力を行いたいときはやっぱりキーボードの変更が必要なんだよね…


#厳密にいえば、キーボードと「日本語入力、英語入力」は、Android では別の概念。

 GODAN キーボードのまま、入力モードを切り替えたってかまわない。

 でも、モード切り替えるなら、僕はキーボードも切り替える。


数字を入れたいときは、下方向にフリックだ。

通常のテンキー位置のキーで、そのまま数字が入力できる。



というわけで、フリック入力では入力できなかった文字も、GODANなら入れられる。


僕の場合、パソコンではローマ字入力しているので、学習コストは低かった。

大体入力できるようになるまでは5分程度。拗音などまで戸惑わずに入力できるようになるまで、3日くらいだったかな。


ただ、数字入力でついキーボードを切り替えてしまったり、最初はそういうことも多かった。

本当の意味で身に沁みついたのは1か月程度たってから。


その後は快適に使っていた。




で、今このタイミングでこの話を書いているのは、そろそろフリックに戻そうかな…

と思い始めたため。


GODAN 、すごい便利なのよ。普通ならこのまま使い続ける。


でも、僕は仕事でいろんなスマホを使うことがある。

先日、デバッグのために iPhone と Android で長い文字入力が必要だったのね。

それも、交互に何度も。


これが、フリック入力したり GODAN 入力したり、切り替えるたびに混乱してイライラする。


ずっと自分のスマホだけ使っていればいいのであれば GODAN は悪くないのだけど、仕事となると選り好みはできない。


弱点を克服したマイナー方式より、多少の難はあっても普及した方式に合わせた方が良い、ということもあるのだろう。


フリックに戻してしまうと、この良さを伝えたい、というモチベーションも下がるだろう。

だから、今のうちに記事をまとめ公表する次第。


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別年同日の日記

10年 1回忌

15年 夏の終わりの素数

15年 DOSBoxで日本語表示・JP106キーボード・UBASIC

16年 「人工知能」の生まれた日(1955)

17年 夏風邪


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タイッツー  2023-08-24 18:33:07  コンピュータ

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最近タイッツーを見ている。


ツイッター改め 𝕏 ではないよ。

そのツイッターが最近おかしいから、と個人が作ったサービス。

名前の通りツイッターを参考にしているが、作者なりの理想のサービスを作ろうと頑張っている感じがある。


7月1日公開だったそうだが、僕が使い始めたのは7月21日から。

それから1か月たったが、その間にも 𝕏 は改悪が進み、以前より見るのが億劫になってしまった。

(TweetDeck の廃止・有料化が一番大きい)


最近では、すっかりタイッツーばかり見ている。




さて、実はタイッツーの話をしたいのではない。

いや、タイッツーの話ではあるのだが、自分が昔作ったチャットコミュニティを思い出しているのだ。


現在のタイッツーは、黎明期だ。個人が作ったものではあるが、いろいろと話題を呼んで、今ではすっかり「 𝕏 からの避難先」として人気になってしまった。


𝕏 に類似のものとしては、Meta (Facebook) が提供するスレッズがあるが、こちらは最初こそ試してみた人が多いが、すっかり人気低迷しているらしい。


正直なところ、機能も、運営の安定性も、個人でやっているタイッツーよりもスレッズの方がずっといいのに、なぜ人気に違いがあるのだろう。



そして、先に書いたように自分がチャットコミュニティを開発した時、今のタイッツーと同じようなことを経験しているのだ。




SNS とかチャットコミュニティーというのは、ある種の通信手段だ。

通信手段というのは、相手がいないと使い道がない。


しかし、できたばかりのサービスは、当たり前だがユーザーがいない。

この時期をうまく乗り越えられるかどうかが、勝負の分かれ目だ。



僕が作ったチャットコミュニティは、諸般の事情があって「簡単なものでよいからすぐ公開する」必要があった。

そこで、公開してしまってから機能を追加していった。

これが、偶然だが良い効果をもたらせた。


チャットコミュニティがあったとしても、最初は見知らぬ同士。

いきなり話がはずむ、なんてことはあまりない。

その意味では、通信手段があっても相手がいない。


でも、機能を次々追加していったから、とりあえずみんな「こんな新機能ができたらしい」という話題だけで、しばらく話ができるんだ。


共通の話題があり、それについて意見を言っていれば、性格も見えてくる。

やがて似た性格の人が友達になっていき、コミュニティは活性化していく。



タイッツーが、ちょうど今その時期だ。

数日ごとに新機能が追加される。その話題だけでしばらくみんなが発言する。


よくわからなくて質問する人もいるし、その質問にわかりやすく答えようと頑張る人もいる。

そうやって、知見も共有されていく。



コミュニティ黎明期は、みんなが、そのコミュニティが小さいものだと知っている。

だから、気に入ったその場を失わないように、仲間を増やそうと頑張る。


結果として、悪い人はいない。みんなが優しい世界。

現在のタイッツーは、その雰囲気を気に入っている、という人が非常に多い。




ただ、コミュニティが大きくなると、そのユーザー数が何よりも重要な「コンテンツ」になるのね。


初期ユーザーが作り上げてきた雰囲気とは関係なく、ある時点で「人が多い」こと自体が話題になり、さらに人を呼び始める。

爆発的に人が増えると、それまでの雰囲気なんてあっという間に壊されてしまう。


自分のための「利益」を求めてくる人も増え、場は荒れて行く。

運営する側は、その状況に歯止めをかけるためのコストを払わなくてはならなくなる。


これは、宿命だね。人が増えるということは、多様性が増すということとイコールだ。

もし、場が荒れるのを止めようとすれば、それは「多様性を認めない」ことになってしまい、それも嫌な世界だ。



タイッツーの開発者は、このことをよく理解しているようで、機能を慎重に選びながら実装している。


つい先日、メンション機能が実装された。

𝕏 のメンションよりも多少複雑な動作をするようになっていて、よく理解できないという人も多い。

しかし、この複雑な動作は、「個人の会話が多くの人の発言を邪魔しないように」「特定個人向けでも、皆に有益な情報なら、共有できるように」という、相反する要求を満たせるように、慎重に作られている。



リプライは、もっと難しいだろうね。

有益なリプライとクソリプは紙一重だ。タイッツー作者はこのことをよくわかっているからこそ、リプライ機能をすぐに実装せずに、慎重に考えている。




この話、ただ自分が昔通った道をもう一回見ているようで、懐かしいなぁ、というだけの話で、特にオチはない。


何よりも現在進行形なのでまとめにくいのだ。


ただ、これだけは言える。

コミュニティ黎明期の面白さ、というのを体験したければ、今すぐタイッツーにアカウントを作ると良いだろう。

恐らく、この面白さは半年後には体験できなくなっている。



ツイッターだって、そうした道を通ってきたのだ。

ハッシュタグが追加され、RT が公式機能として追加され、という段階ごとに、コミュニティは盛り上がった。


そういう意味では、𝕏 に変わってからは、ともかく激変はして、話題提供はできていると思う。

ただ、ツイッターは黎明期を過ぎ、すでに安定期だったのだ。

この期間になると、人々は変化を嫌う。結果、この激変は、多くの人に受け入れられていない。



スレッズは最初から多くを用意しすぎた。十分な機能があることを売りにした。

結果として、話題作りには失敗してしまったように思う。



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別年同日の日記

03年 マクドナルド

11年 クラウド

11年 Picasa WEB

12年 コメントへの返答

21年 車検


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漫画紹介「続く道 花の跡」  2023-06-21 18:57:15  コンピュータ

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WEB で無料公開されている「ジャンプ+」の、読み切り漫画なんですけどね。


いつまで公開されているかわからないけど、非常に良かったので紹介してみるわけです。


これ、お話の中では一切書いてないのだけど、日本で最初に稼働したコンピューター、FUJIC の開発話を、「一番近くにいた専門外の人間」の視点で描いたものです。


この主人公に当たる人物、実在したのかな。

それとも、話を分かりやすくするために設定した架空の人かな。


…と思って、過去に自分のページでも少し FUJIC に触れたときの参考資料ページ見ました。

(すでに無くなっていたので、waybackmachine でアーカイブを見た


なるほど。

開発者である岡崎(漫画の中では岡城という名前にしてある)が、女子社員1名に手伝ってもらって作成を開始した、とある。

史実に比較的忠実なようだ。




話の内容をグダグダ書いてもしょうがない。無料で読めるんだから、今すぐ読め。


で、僕としては、細かな部分を解説しよう。


18ページ目右下、四角い中に丸い部分がある装置、ブラウン管だと思います。

EDVAC では動作確認用のモニタとして使用されました。


または、ブラウン管を利用したウィリアムス管メモリを作るために用意したもの、のイメージかもしれません。

どちらかは、この部分だけでは不明。



19ページ目左上、雑誌のイラストが描かれていますが、IBM の SSEC ですね。

日本では「科学朝日」に解説が掲載されて、岡崎もこれに触発されて開発を始めたそうなので、漫画の中でも史実に忠実です。

ちなみに、実際のイラストはこんな感じ。(リンク先で、さらにイラストをクリックすると拡大します)


SSEC は、おなじ IBM が作った ハーバードマーク1 (ASCC) と同じく電気機械式、と解説している資料が結構多いのですが、実際には真空管を使用した電子式でした。


2023.6.23 追記


自分が持っている書籍の中で唯一 FUJIC について書かれている、「計算機屋かく戦えり」を確認しました。


ブラウン管は、真空管の物理特性を調べるのに使用した、とのこと。

お話の中でも「真空管の品質にばらつきがある」と書かれていますが、メーカーの公表している特性値があてにならないので、詳細を調べるための装置を自作し、調査するところから始めたのだそうだ。


漫画では、22ページ左上のコマ。主人公の女性が、ブラウン管に映る曲線を見つめている絵が描かれている。


蛇足になるが、この本の中のインタビューでも、「計算手の女性の一人に手伝ってもらった」と書かれてました。

この本読んだのずいぶん前な上に、さらっと書かれていただけなので記憶に残ってませんでした。



30ページ目。

開発者のセリフで「やはりブラウン管というのは難しい。記憶装置は超音波でためして…」とあります。


ブラウン管というのは、先に書いたウィリアムス管メモリのこと。当時最先端で、期待されていましたが、実際には扱いが難しい部分が多く、実用に至っていませんでした。


超音波というのは、水銀遅延管メモリのこと。

世界初の電子計算機と言われる、ENIAC で使用されたメモリです。


スピーカーから音を出して、離れたところでマイクで拾うと、少し時間がかかる、というのが基本原理。

時間がかかるということは、その間「記憶」されているわけです。


この方式では、読み出すのに音が到達するのを待つ必要があるので、自由にメモリアクセスできず遅い、という欠点があります。

(他にも、音波をそろいやすくするために水銀を使用するのだけど、水銀が酸化して特性が悪くなるので定期的に交換が必要で、しかも水銀は有害、などの欠点もある)


最終的には FUJIC は水銀遅延管を利用したそうなので、それを決めたシーンなのでしょう。




解説できそうな部分は、この程度かな。


こんな細かな部分知らなくても、話は十分楽しめます。

話の重要な部分は、技術話ではなく、世の中が変わるときの期待と不安、という普遍的テーマですし。


でも、こんな解説ができてしまう程度に、しっかり調査して描き込まれているこの作品を素晴らしいと思うのです。



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別年同日の日記

02年 飲んだくれの日々

03年 なんだか色々入手

13年 「暗号の歴史」と、アメリカの盗聴問題

14年 ファミリーベーシックの発売日(1984)

15年 山歩き

16年 コンピューターが初めてプログラムを実行した日(1948)

17年 ゼルダ雑感

21年 3次元回転


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FFT 差し替え  2023-06-12 18:53:03  コンピュータ

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しばらく前に公開したX68k のゲームのディスクイメージだが、大学3年の時に作った FFT のファイルを更新させてもらった。


ゲーム内容などは特に変わってないし、バグがあったり、ウィルス汚染があったわけではない。

公開後に、ソースファイルや、当時パソコン通信に公開するために書いた説明ファイルが見つかったので、ディスクに入れたくなったのだ。


直接起動ではなく、わざわざディスク内を見なければわからないようなもの。

だから、すでにダウンロードしている人が落としなおすような必要はありません。




当時書いたテキストを見て、すっかり忘れていたことを思い出した。



大学祭で出店したわけだが、大学祭の時は夜はみな「開発」を続けていた。


で、その時もゲームのテストプレイとかをしてもらうのだけど、FFT はみんな奇妙なプレイを次々開発するのね。


一番驚いたのが、MIDI キーボードを持ち込んでいた先輩が、マイクの代わりにキーボードの音声出力をつなぎ、ピッチベンド用のスティックで調整できる幅を「1オクターブ」にして行ったプレイ。


綺麗に出力される周波数が、スティックの移動で滑らかに動くのだ。

つまり、単にジョイスティックで遊べるゲームになってしまう。



この遊び方を開発した人が、こちらのゲーム作った先輩ですね。

リンク先のゲームも、大学祭向けに作成されて、後に同人ソフトとして売られたゲーム。

ビデオの最後にスタッフロールがありますが、大学名・サークル名が書かれている。


先輩、今でも同じようなもの作り続けてるようですけど…

変わらない情熱に感心します。



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別年同日の日記

02年 OSアップデート!!

05年 夏至祭

15年 生卵と生豚と

17年 連乗機能

18年 ゲームの作り方

19年 Google drive バックアップと同期


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68の日  2023-06-08 18:54:24  コンピュータ

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今日は 68の日、らしい。6月8日だから。

ちょっと安易すぎないか?


まぁ、先日から何度も書いているが、X68k の公式エミュレータとして、X68kZ という製品を作った会社がある。

僕はクラウドファンディングで初期モデルを購入したが、ここで出た意見を元に改良したものが正式に発売することになった、そうだ。


わずかな改良だが、一番欲しいのは「リセットボタンがソフトウェア制御になった」ことか。


初期版は、リセットするとハードウェア本体がリセットしてしまい、起動が遅い。

しかし、リセットボタンをただのスイッチにして、エミュレータのソフト内で「エミュレータ上のプログラムに再起動をかける」ようにしたそうだ。




で、先日から少しづつサルベージしているので、「気に入ってた小さなゲーム」も見つけることができた。

今日に合わせて公開できれば良かったのだが、まだ何の準備もしていないので公開できない。


ゲームに限らずとも、もう何本かこうしたソフトがあれば、ディスクにまとめて公開しやすいのだけど。




以前の日記に書いた、X68k からサルベージした「夢日記」だが、ゆっくり読んでみたらなかなか面白い。


中には、いまだに覚えているものもあった。

これは、日記に書くことで記憶が固定されていたのだな。


でも、覚えていても詳細は忘れているので、面白いのだ。


一つ短いのを転載してみよう。

1992年の8月4日に見た夢らしい。


8月4日(火)


ヘミングウェイの猫を探している。

高校の体育館の横、学校机が沢山積み重ねられ、ゴミゴミとしたところで、その

猫を捕まえた。黒い小さな猫で、かわいい。

スーツをきて、ソフト帽をかぶった初老の紳士が現れ、猫を渡して欲しいという。

この猫は、彼の猫らしい。

猫を渡すと、彼はお礼だと言って、コインを指で弾くように投げた。

そのコインは、とても古く、価値のある物だ。

私が拾うと、彼は次々とコインを投げた。机の上に10枚ずつ並べて、4列と少

しあった。

どうやら、あの猫は貯金箱だったらしい。


これは、当時も意味が分からなくて面白かった夢だった。

猫は貯金箱だった、ってどんなオチなんだ。


自分の書いた夢日記には、自分なりに「夢に影響を与えたと思われる最近の話」も併記しているのだが、これは本当に意味不明。


ヘミングウェイの猫というのは実際にいて、多分どこかで聞いたのが夢の中でキーワードとして出てきたのだと思うのだけど、直近にそういうテレビを見たりしたわけでもなかったようだ。



他にも、妙にドラマチックなものとか、怖くて飛び起きて終わっている夢とか、いろいろある。

面白いのだけど、記述が長いのも多いので、特に転載はしない。



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別年同日の日記

02年 クラッカー、再び

03年 VisualStudio 買った

11年 ひきつづき新PCの話題

12年 おたふく

13年 ツバメ

14年 ティム・バーナーズ・リーの誕生日(1955)

19年 新マシン到着


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ディスクイメージ公開  2023-05-21 18:28:56  コンピュータ

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ここしばらく日記に書いていた、大学時代に作ったゲーム。

やっと公開できる状態になりました。


自作ゲームなどの紹介ページの最後に、ZIP 圧縮したディスクイメージを置いています。


前回の日記に書いてあった、2年の時に作ったゲームが思った以上に未完成だった、という話。

その後、学祭出品版を見つけました。ちゃんとそれなりに遊べる状態になっていたよ。


でも、1面しかないし、敵のバリエーションも少ない。

まぁ、それなりに楽しめるかと思います。


このシューティング以外は…X68kZ では遊べません。

Windows のエミュレータ、XM6 でなら、「それなりに」動きましたが。


今更発表する意味あるのか? と思いつつ、自己満足、自分の記念碑的に置いておきます。




発表するほどのものでなくても、小作品をもう少し作っていたはずなのだが、見つけ出せていない。


結構気に入っていた小さなゲームもあったのだけどな。


BANDITS のディスク内には NYORO というディレクトリがあります。

これは、当時作った小さなプログラム。


nyoro /c8


で常駐して、


nyoro /r


で常駐解除します。



こういうのも、ある程度発掘出来たらディスクにまとめて公開するかもしれません。



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別年同日の日記

03年 楽園を求めて…

05年 お掃除ロボ

12年 姪の結婚式

15年 68000はグラフィックに強かったのか

18年 フェスとフェスタと祭りと開放日

19年 あーすフェスタ

20年 Chromebook を買ったのだけど


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X68kサルベージ  2023-05-07 18:47:36  コンピュータ

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やばい。楽しい。

先日、X68k のディスクサルベージをしている、と書いたのだが、これが非常に楽しい。


いつかやりたい、と思ったまま、面倒すぎて頓挫していたのだよね。

それが、SD カードで受け渡せるという状態になっただけで、どんどんデータを Windows に持ってこられている。

無茶苦茶楽しい。


ディスクはたくさんあるのだが、全部吸い出していたら時間がいくらあっても足りない。

だから、まず「自分が作ったもの」を取り出している。


自分で作ったものは、僕の環境以外に存在しないから。

これが消えたら世界中どこにもなくなってしまうので、最優先で保全するのだ。


そして起きることは、「部屋を片付けようとしていて、昔の新聞を見つけてしまった」状態なのだ。

何もかもが懐かしい。



日記を見つけた、と先日の日記で書いたが、大学1年の秋から始まっていた。

X68k は大学1年の夏休みにバイトした金で買ったので、購入してすぐに書き始めたのだろう。


大学卒業後も数か月書いて、終わっている。

その頃 Mac を購入したのではなかったかな。


ところどころ読んでみたけど、日常がだらだら書いてあるだけで、あまり面白くないので全部は読んでない。




夢日記もあった。

このページの日記でも以前書いたことがあるが、一時期面白がってつけていたやつ。


最終的に、日記をつけることで明晰夢を見ることが多くなり、夢らしい荒唐無稽さが無くなってつまらないのでやめた。


しかし、こちらの方が日記より面白い。

内容がぶっ飛んでいるのだもの。




他に、当時書いた旅行記だとか、偶然に体験してしまった「マルチまがい商法」の勧誘会のレポートとか、ちょっと書いてみた童話とか、色々出てくる…


面白いので、内容吟味せず、とりあえず全部 Windows 側に保存。


文字コード SJIS のままだが、拡張子だけ DOC から TXT に変えておいた。


(当時は、DOC はテキストファイルの一般的な拡張子だった。今は MS-Word が使っているので、TXT のほうが混乱がない)




さて、ある程度当時書いた「個人的な」ファイルを保全できたところで、次は自作のゲーム類だ。


先日の日記でも書いたが、単体のディスクとして起動できるようにしていなかった。

大学祭で発表するのが目的だったので、ハードディスクから直接起動でもよかったのだろう。


これらを、Windows のエミュレータで読み出せるようにしたうえで、単体起動のディスクを作ってみる。


大学2年の時に作ったシューティングゲームは、「未完成」だったことは覚えているのだが、思った以上に未完成だった。


起動すると、いきなり始まる。タイトル画面とかない。

そして、ゲームオーバーになると、終了してコマンドラインに戻ってしまう。

操作もジョイスティックにしか対応していない。


これをいまさら発表する意味はなさそうだが、とりあえずディスクから起動できるようにしてみる。



まず、システム起動できる最小限セットのディスクを作成。

これはたびたび使うことになるので、BLANK.XDF の名前で保存しておく。


これを Windows 上でコピーして新しいディスクイメージを作り、サルベージしたゲームのファイルを書き込んでいく。


そして、AUTOEXEC.BAT でゲームが起動されるようにして、完成。


2年生の時のゲーム、最終的にコマンドラインに戻ってしまうので、そしたらすぐ再起動するようにバッチファイル内でループしてみた。


でも、起動時にデータファイル読んだりして結構遅いので、良くない。やめた。


でも、ひとまず完成。




調子に乗って、大学3年の時に作ったゲームも同じように起動できるようにしてみる。


こちらのゲームの方がいろいろと問題がある。

マイク入力が必要なのだ。


こんなの、発表しても X68kZ で遊べないし…

とおもったら、Windows のエミュレータ、XM6 ではマイク入力もエミュレートしているのね。


ちゃんと遊べた。声出すの恥ずかしいので、1面クリアまでしかやってないけど。


ゲームオーバーで暴走した。

あ、そうだ。このゲーム、ハイスコア時にマイクで「ヒーローインタビュー」して、その録音をディスクに残す。

だから、対応したディレクトリ構成が必要だった。


…ソースファイルを眺めて、High/ というディレクトリがあればよいと分かったので作る。

もう一度遊び、ハイスコア記録されてタイトルに戻ることを確認。



大学祭のために作ったから、「遊んでくれた人」の人数なども記録するようにしているし、ハイスコアの録音データも、ランキング外になっても全部残している。

だから、フロッピーディスクで遊んでいたら、しばらくたったところで書き込めなくなっておかしくなるはず。


しかし、それは注記した上で公開しても良いかな、という感じ。




大学4年の時のゲームは、まだサルベージしてない。


このゲームは、マウス2個使うんだよね。対戦ゲーム。

当時、X68k はマウスが2本つなげる、という「非常に珍しい」マシンだったから、それを活かして何かやってみたかったの。


XM6 も、これにはさすがに対応していないようだ。

なので、動くことはあまり期待できない。




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別年同日の日記

12年 G.W.直前からの記録

12年 長女と次女の誕生日

12年 スマホ購入

12年 イトーヨーカドーでのイベント

12年 山登り

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18年 G.W.中のできごと

18年 評議員

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X68k実機と格闘中  2023-05-05 15:57:26  コンピュータ

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少し前に X68000Z の話題を書いた。


それで、自分が作ったデータをこちらでも遊べたら、という欲が出たのだけど、データを持ってくる方法が、いろいろと面倒くさい。


X68k と Windows をシリアルケーブルでつないで…と言っても、今時の PC にはシリアル端子がないのだ。

USB でシリアル端子を接続するアダプタもあるが、さらにシリアルのクロスケーブル買ったり、いろいろ考えるとそれなりの出費だ。

(ストレートケーブルなら、探せば家のどこかにあるかもしれないけど)


そういえば、X68kZ 発売の前に、「X68kZ は SD カードが使えるから」と、TNB製作所さんが、X68kで SD カードの読み書きをするためのアダプタ作っていた。



あの時は、ちょっと欲しいと思いつつも、自分がわざわざ X68k 実機を出してまで何かをすると思わずに手を出さずにいた。


ネットで販売しているというので見に行ったら、すでに売り切れだった。

メールアドレス登録しておくと、また在庫が出来たら教えてくれるというので登録して…そのまま忘れていた。


(念のため書くと、機器名称は「MMCじょい君」なので、SD カードではなくマルチメディアカードが対象。

 MMC は SD カードの元となった規格で、互換性がある。

 そして、SDカード機器はライセンス料を払わないと作れないが、MMCなら無料)




5月2日の夜。

寝る前に何気なくメールを見たら、入荷のお知らせが来ていた。1日に入荷したそうだ。


慌てて確認に行くと、すでに残り1個。その場で購入即決。

それが、昨日4日に届いた。連休明けになると思っていたのに、速い。


しかし、昨日はいろいろとやることがあった。すぐには遊べない。

今朝、やっと X68k 実機を取り出して、動作確認。


ドライバのディスクも一緒に注文した。

ドライバは無料配布しているから、Windows から X68k にデータを持っていける人なら不要なのだけど、それができないから困っているのだ。


このドライバディスクが親切で、OS が書き込んであって直接起動できる。

これがないと詰んでいた。



一応、ずっと昔に使っていた設定のまま、HDD 起動は可能だ。

でも、いろいろ古い。MMCじょい君のドライバは、他のドライバにも依存するのだけど、僕の環境には入っていない。


特に、TwentyOne は VFAT 対応版を使わないといけないようだ。

僕の環境は古く、対応版ではなかったのでうまく動かず、少し悩んだ。

(ドライバのディスクから HDD にコピーして解決した)


他にもいろいろ問題があったが、ひとつづつクリアして、午前中いっぱいで SD カード読み書きができるようになった。




さぁ、自分が作ったゲームとかをサルベージするぞ!


…と意気込んだのだけど、思った以上に「ディスクから起動できる」物が少ない。


いまの X68kZ はハードディスクに対応していないので、ディスクから起動して、単体から楽しめないといけないのだ。


自分でゲームを作っていた時は、ハードディスクがついているのだから、そちらから起動してからゲームを起動、というのが当たり前になっていた。


フロッピーディスクに作ったゲームを入れてはあるのだけど、これは HDD の容量の問題で「追い出した」、または「バックアップを取った」もので、単体起動のことは考えていなかったようなのだ。




しかし、自分で作った懐かしいゲームをいくつか起動することはできた。

ジョイスティック前提で作ったゲームとか、今ジョイスティックがないために画面を見るだけ。遊べなかった。


あと、X68k のマウスも、どこに行ったか見当たらない。

だから、マウスを使うものも今は実機で遊べない。



というわけで、キーボード作業でディスクイメージを作り、Windows のエミュレータで内容確認を試みる。


…こちらも、HDD 環境整えていないので、単体起動してくれないと見られないのだけど。




年賀状ディスク、ってのが残っていて、大学時代に X68k を持っている友人に送っていたものだ。

これは、ディスクから起動していろいろ見られるようになっている。


正しく起動するディスクイメージを作る実験で、これをディスクイメージ化してみた。


…しかし、もう 30年も前のディスクなので、読み取りエラーが起きる。うまく行かない。


やっと、1枚だけディスクイメージかできた。

今 Windows のエミュレータで内容確認し、身悶えているところ。


大学生の馬鹿ノリとはいえ、あらゆるネタがつまらない。

まぁ、作るのが楽しかったからやっていただけで、アイディアを「作り散らかして」いる感じ。



先日も書いたけど、アイディア一発のくだらないものでも作りやすかったのが、X68k の良さだったんだよなぁ。




ところで、ディスクを見ていて、自分が書いていた日記を見つけてしまった…


まだ中身は見ていないし、公開するつもりもない。

でも、後でサルベージして読んでみたい。青春の甘酸っぱい思い出とか、見たら悶え死にそう。




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別年同日の日記

02年 5/5

03年 住宅展示場

14年 キッズファンタジーリゾート

15年 3度、理科ハウスへ

15年 家のメンテナンス

15年 マイコンインフィニットPRO68K

19年 パソコン壊れた


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コラムス97の配信  2023-04-24 09:56:23  コンピュータ

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今年の1月に、タイトー Hey がコラムス 97 の配信をやっていた


で、今度は VGM ロボット深谷店がコラムス 97 の配信をやったらしい


Hey は1週間だったが、ロボットは1日だけ。

事前に情報は得ていたが、忘れていて見逃した。


でも、Youtube でも配信を行ってくれていたた。

上のリンクはアーカイブのもので、後からでも見られる。


で、見られるといったところで、特に見所はなかったです。

タイムラインをサムネイルで確認できるので、全部見るまでもなくわかる。


だれもコラムス 2000 まで行かなかったし、当然カンストするような人もいない。


しかし、Hey の配信はニコ動課金ユーザでないと後から見られないが、Youtube は誰でも見られるので、ここに記録だけ残しておく次第です。


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別年同日の日記

02年 4/24

15年 PRINT 略記

16年 GAME ON展

16年 未来科学館リニューアル

18年 Nexus 7 復活

22年 娘たちの誕生日


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素人プログラマから見たX68k  2023-04-10 10:48:18  コンピュータ

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先の話の続き


当時の状況を記そう。

当時、ホビープログラマが最初に使う言語は BASIC だった。


8bit 機では、OS は存在して無くて、起動すると ROM に入っている BASIC が動き始める、というのが普通だった。

シャープ製マシンは ROM に入ってなかったけど、本体を買うと BASIC が付属している点は変わらない。


16bit でも BASIC が付属しているのは当たり前だった。

PC98 は、PC88 の BASIC 互換マシンとして作られた。当然 ROM BASIC もあるし、DISK BASIC 、DOS BASIC もある。


X68k にも、X-BASIC が付属した。


今となっては、当時の BASIC の環境は忘れられかけている。


文法は、今でも残っているね。BASIC という言語自体は残っている。

でも、「環境」としては、今と全然違う。


BASIC は OS と、エディタと、デバッガと、実行環境が混然一体となったものだった。


ソースコードをエディットしている最中に、命令の動作詳細を知りたくなったとする。


その時は、その場で命令を実行してみることができる。

実行して、動作を確認して、納得したらソースコードに組み込む。


プログラムが出来たら全体を実行してみるが、途中でエラーで止まってしまったとしよう。


原因調査のため、止まったあたりのソースコードを表示する。

どうも、そこで使われている変数の内容がおかしい気がする。


その場で、変数の内容を表示する命令を打ち込むと、命令が実行され、変数の内容が表示される。


こうやってデバッグを進めることができる。




この環境、プログラムに不慣れな初心者にとって、めちゃくちゃ使いやすかった。


ただ、非常に大きな欠点があって、プログラムの実行速度が遅かった。


いつでもコマンドを実行できる、というのは、コマンドを解釈して実行する機構があるためだ。

そして、プログラムはこれを連続して動かしている。文法解釈をいちいち行いながら動くので、遅いのだ。


一応、BASIC コンパイラというものもあった。

先に書いたように、BASIC はエディタとデバッガと実行環境を総合したような環境で、この環境自体が大きい。


完成したプログラムを BASIC コンパイラに通すと、OS から起動できる実行形式のプログラムを生成してくれる。

この際、速度も改善する。


でも、そもそも BASIC って、初心者にはわかりやすい反面、コンパイラで速度を上げたりしにくい構造だったのね。

PC98 の DOS BASIC の場合、コンパイラを通しても速度は3倍程度にしかならなかった。




X68k の X-BASIC は、当時の他のコンピューターの BASIC とは、文法面から少し異なっていた。


とはいえ、BASIC ではある。先に書いたような、エディタとデバッガと実行環境が統合されたような、初心者でも使いやすい環境は実現されていた。


この、「少し異なる文法」がミソだ。

当時は、パソコンユーザーにはまだ C言語はあまり普及していない。

しかし、X-BASIC の文法は、C言語に非常に近いものだったのだ。


そして、SHARP 純正の C 言語が発売される。

このセットには、X-BASIC のプログラムを C に変換するプログラムが含まれていた。

もちろん、Cコンパイルすれば、機械語の実行ファイルになる。


これは素晴らしい「BASIC コンパイラ」だった。


先に、BASIC は文法を解釈しながら実行する、と書いた。

それに対し、C 言語は、文法解釈を先に行い、結果として「CPU が直接理解できる」機械語プログラムのファイルを生成する。(この作業をコンパイルと呼ぶ)


結果として、プログラムの実行時には、余計な動作が一切入らない。

このため、非常に高速に動くのだ。


PC98 の BASIC コンパイラのような3倍程度ではなかった。

ちゃんと速度を測ったことは無いけど、超高速。機械語として動作するからね。


初心者が気軽にプログラムを作り始め、最終的に十分な速度で動作するプログラムを作れたんだ。

これは、他のパソコンにはない環境だった。




さて、実行速度が速ければプログラムが組めるようになるか、というと、そんなことは無い。


ゲームを作りたいと思ったら、キャラクターを表示しないといけない。


PC98 の BASIC でも、画面に描いたキャラクターを動かすくらいのことはできた。

でも、全てをグラフィックとして扱う必要があった。

キャラクターを描いて、消して、少しずれたところにまた描いて、の繰り返しだ。これで動いて見える。


ただ、「消して」のところで、背景も消える。

「描いて」のところでも、キャラクターを含む矩形全体を描くので、キャラクターの周囲が四角く消えてしまう。


背景があるような華やかなゲームを作るのは、BASIC では事実上無理だった。


じゃぁ、一念発起して機械語を勉強してみようか…とすると、急に高い壁が立ちはだかる。

詳細を書くと長くなるので、過去に書いた記事を紹介しておこう。

当時のパソコンは、一般的に横8ドットをまとめて扱う


BASIC でキャラクターを扱うときは、このことを気にしないでいいようになっている。

でも、機械語だと知らないとダメだ。

適当にグラフィックを扱うと、周囲のドットを破壊してしまうので、それを解消するプログラムが必要だった。


とにかく、ゲームを作りたくてキャラクタを動かそうとすると、それだけでも大変だった。


これ、ゲームに限った話ではない。

ちょっとグラフィックを扱うツールを作ろうと思ったら、マウスカーソルとか、選択範囲とかでグラフィック表示が必要だ。


しかし、処理対象のグラフィックを壊すわけにはいかない。

一旦グラフィックをメモリに退避したり、いろいろ複雑なプログラムを作る必要がある。


もっというと、これは PC98 に限った事情だが、画面を構成する情報を「設定」出来ても「読出し」できないものがあった。

画面を構成する、4096色中 16色のパレットは、設定専用で読み出せないのだ。


ということは、「現在表示している画面を加工して、セーブ」という操作はできない。

グラフィックを加工するフィルタを作りたければ、それだけで、ファイルの読み込み、グラフィック圧縮フォーマットの展開、画像加工、グラフィックの圧縮、ファイルの書き出し、までをセットで作る必要がある。


初心者が何かしようと思っても、余りにも壁が高い。

それが当時の、普通のパソコン環境だった。




X68k には、こうした制約がなかった。


キャラクターを動かしたいなら、スプライトを使えば良い。

動かす際に、以前描いたものを消す、というような操作は必要ないし、背景を壊す心配もない。

周囲だって、適切に「透明」として背景を見せてくれる。


グラフィックを扱いたいなら、1ドットは1ワード(16bit) に対応していた。

1ドットを構成するメモリが、他のドットと共有されることは無い。


さらに、グラフィックを複数重ね合わせることもできたので、グラフィックの範囲指定などで枠を表示しても、グラフィックを壊さない。


こちらも詳細は過去の記事に譲ろう

とにかく画面関係が豊富で、扱う際に何かに気をつけないといけない、というような制約が少なかった。

(全くないとは言わない)


先に書いたように、グラフィックを加工するプログラムを作りたい、とする。


画像の読み込みと書き出しは、すでに存在しているプログラムに任せることができた。

操作パレットや範囲指定の枠表示などは、表示中のグラフィックに影響を与えないように描けた。


グラフィックの操作は、1ドット単位でメモリの読み書きを行えばよいだけ。


あとは、処理の中心となる「加工」部分をどう作るか。

このアイディアだけに集中すればよい。


初心者でも、自分が作りたいプログラムを作りやすい環境だったんだ。




もう一つ、OPM ドライバの話を書いておこう。これは大発明だったと思う。


また BASIC の話に戻ってしまうのだが、日本のパソコンのBASICは、音楽演奏機能が充実していた。


これ不思議で、海外のパソコンには見られないんだよね。過去に調べたことがある

ともかく、日本ではパソコンの楽しみの一つに音楽演奏があり、パソコン用の、文字の組み合わせで楽譜を表現する「MML」と呼ばれる記法が出来上がっていた。


当時の MML を使った演奏は、BASIC の中に組み込まれていたのだけど、演奏中は他の動作が止まるのが普通だった。

非力な CPU では、そうしないと演奏のテンポとかを保証できなかったからだろう。


ところが、X68k の MML 機能はそうではなかったんだ。

演奏を開始すると、演奏を続けたままプログラムの動作を続行してしまう。

これにより、ゲームに BGM が付けられた。


最初は BASIC の中だけの機能だったのだけど、すぐに音楽機能は「OPM ドライバ」という名前で切り離され、OS 標準機能の一部になった。


これにより、「全ての」プログラムが、気軽に BGM をつけられるようになったんだ。


これもまた、素人がゲームを作る上では強力な、超強力な機能だった。




他の PC でゲームを作ろうと思ったら、速度を確保することが難しく、キャラクターを表示することが難しく、BGM をつけることも難しい。


この問題が、最初から解決していたのが X68k という環境だ。


だから、素人でも作品を作れたし発表できた。


ゲームに限らず、自分が興味を持つ分野だけを、集中して取り組めた。

それ以外の部分は、すでにあるものを使えばいい。


大根おろしPRO68k」とか、当時有名な PDS だった。

今でもインパクトで覚えている人が多いようだ。


内容見ると、超くだらない。白い四角をマウスで動かして、画面中央の「おろし金」にこすりつけると、四角が小さくなって白い点々が増える。ただそれだけ。

でも、おろし金のギザギザと、白い点々と、四角い「大根」はちゃんと重ね合わせ処理が行われているのね。

X68k だから別画面に描いているだけだと思う。でも、PC98 でこれを作ろうと思ったら大変な処理になる。


こうした「思いつきの冗談」みたいなものでも、すぐにプログラムが組めてしまう。




そして、もう一つ。重要なピースがある。

X68k は、市販ソフトがほとんどなかった、ということだ。


パソコンを使って何かをしようと思ったら、普通はそれができるソフトを探すだろう。

でも、X68k には市販ソフトがなかった。探すことすらできなかった。


じゃぁ、自分で作るしかない。

仕方がないからやるだけだし、自分用だから多少出来が悪くても構わない。


先ほど書いたように、BASIC でもそれなりのものが作れてしまうのが、X68k だった。

とにかくプログラムを作ってみて、目的を達成する。


そして、自分が困っているのだから、こんなプログラムでも使う人がいるかもしれない、と、当時流行し始めたパソコン通信にアップロードする。

もしくは、雑誌 Oh! X に投稿する。ディスクマガジン電脳倶楽部に投稿する。


X68k にはとにかくソフトがなかった。多少出来が悪くても、動くだけでありがたい。

電脳倶楽部の編集長も、「動いているプログラムは良いプログラム」と言っていた。

多少出来が悪くたって、ないよりはある方がずっといいのだ。


そうか。出来が悪くても、ある方が良いのか。

これが、X68k の当時のユーザーの認識だったと思う。


だから、自分が何か作ったら、出来が悪くても、恥ずかしげもなく公表する。

そういうソフトを見た人は、そのレベルでいいんだ、と、また出来の悪いソフトでも公表する。


この、とにかく公表するし、みんながそれをありがたがる、という構図は、現代でもなかなか見られない。


これが、良いスパイラルを産む。


公表して、みんなにありがたがられた人は、また何か作ったら公表しようと思う。

次の作品へのモチベーションになる。


そうして作品を作り続ける。作り続けるうちに、技術も上がり、もっと良いものを作れるようになる。


X68k のソフトウェア環境は、こうしてユーザーたち自身の手で作られていった。


これが、「無いものは作る」と呼ばれる文化の正体だ。


決して、技術力の高い人間が、なんでも作ってきた、というような文化ではない。

仕方がないから出来の悪いものでも作り、公開し、泥臭く環境を整えていった文化だ。


結果として、すごい人を育てる良い環境になった。

でも、最初からすごかったわけではない。




最後に、今の初心者が X68kZ を使ったら、同じように上達できるか? ということについて。


当時「使いやすかった」と言われる環境だから、今から自分も何か作ってみたい、という人は少なからずいるようだ。


しかし、ここまで読んでくれた人には、答が分かると思う。


「プログラムを作りやすい」というのは、あくまでも当時の他のパソコンに比較しての話。

今なら、何も古いマシンのエミュレータを使う必要はない。

Unity とかを始めて見るのがいいだろう。初心者の内は Scratch でもいい。


どちらも、他の人に作品を公表しやすい環境だ。

X68k がそうであったように、出来が悪くても恥ずかしげもなく公表し、評価をもらえることが大切だと思う。


プログラムに限らない。絵でも音楽でも、今は昔に比べてずっと公表しやすい。


ただ、なんでも有難がられた X68k と違い、今はソフトも情報もあふれている。

出来が悪いと容赦なく叩かれるし、ちょっと初心者に厳しい環境かもしれない、とは思う。



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関連ページ

素人プログラマから見たX68k【日記 23/04/10】

続 X68000Z【日記 23/04/10】

別年同日の日記

06年 バス

20年 続・テレワーク


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

続 X68000Z  2023-04-10 10:01:59  コンピュータ

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X68000Z (以下 X68kZ)が届いて遊んでいるが、思っていた以上に楽しい。


僕はこういうエミュレータにそれほど興味がなかったので、コレクションとして置いておくだけになると思っていた。

せっかくだから少し使ってみよう、とセットアップしたら、思った以上に遊べてしまっている、という感じだ。


当初、X68kZ は「ミニファミコン」や「メガドラミニ」、もっと言えば「ミニPC-8001」と同じように、ゲームを何本か内蔵した形で発売するつもりだったようだ。

でも、当時のファン…所有していた人や、高くて買えなかったが憧れていた人たちからの強い要望を受けて、「パソコンとして」のエミュレータとなった。


もっとも、届いたときの最初の日記で書いたように、ゲーム機としてのモードと、パソコンエミュレータとしてのモードを切り替えられる、二重人格マシンでもある。


付属のゲームは2つしかない。これらはゲーム機としてのモードで起動し、動作が保証される。

一方で、エミュレータのモードでは動作保証がないが、ディスクイメージがあれば好きなプログラムを動作させられる。


ネット上の反応を見ると、「付属ゲームが2つしかない」ことについて失望している人もいるようだ。


メガドラミニ2なんて、ずっと安いのに60本のゲームが入っている。

X68kZ は高いのに、2本しかついてこない。




X68k は、現役当時「業務用のゲームが完全移植できる」パソコンだと言われていた。

ゲーム好きなら欲しいパソコン。でも、高性能なだけに、非常に高価でもあった。


今回、X68kZ を入手した人の中には、当時あこがれていたが買えなかった、という人も多いようだ。

そういう人は、当時のゲームが遊べない X68kZ に失望したのだろう。


でも、僕が「思った以上に楽しい」と言っているのは、エミュレータモードの存在なのだ。

ゲーム機としてのモードは、あまり重要ではない。だから付属ゲームが少ないのも、それで構わない。




エミュレータなら Windows 用のもので十分ではないか、という人もいるだろう。

まったくその通りだ。僕もそう思っていた。

もっと言えば、X68kZ のエミュレーションは最低限の精度しか持っておらず、Windows 用の方が正しい挙動を再現できる。


でも、小さいウィンドウの中で動くんじゃないんだよ。

マウス操作するために、エミュレータ内のマウスと、Windows のマウスを切り替える必要はないんだよ。


いや、それだって全画面モードを使えばいいだけの話。Windows 用のエミュレータで十分。まったくその通り。


だから、あとは単に「思い入れ」と「思い出補正」という言葉に尽きるのだろうと思う。

これは非常に個人的な体験に基づくものになるので、万人に勧められるものではない。




ここで、付属する2本のゲームについて書いておこう。


まず、グラディウス。

当時ゲームセンターで大人気だったゲームだ。発売は 1985年。


ちょうどファミコンブームが始まった頃。

ファミコンは、ゲームセンターで遊ぶようなゲームが家でも遊べる、という触れ込みで売れ始めた。

実際、発売時のキラータイトルであったドンキーコングは、ゲームセンター向けと遜色のない出来だった。(全4面構成が、3面構成に減らされていたけど)


グラディウスも、翌年(1986)にはファミコンに移植された。

原作の雰囲気をよく活かした移植ではあったが、見た目もゲーム性も、随分と違うものになっていた。


ほかのパソコン向け移植も発売された。

MSX 版は、ファミコンとは違う方向性の移植で好評だった。しかし、やっぱり本物とは違う。

それ以外のパソコン向けは、ファミコン版をベースに、更に劣化させた移植だった。


あぁ、やっぱりゲームセンターのゲームを家で遊ぶ、なんていうのは夢だったんだ。

多くのゲームマニアが落胆した、その年の年末、開発中の X68k が公表された。


そこでは、ゲームセンターのものとそっくりなグラディウスが動いていた。


X68k の実際の発売年は 1987年春だが、グラディウスは「X68k ならこんな事ができる」と見せつける、優れた技術デモだった。


ひるがえって現代。

今でもグラディウスは人気で、Nintendo Switch や PS4 にもゲームセンター版の、かなり完璧な移植が発売されている。


だから、ゲームを遊ぶことが目的であれば、わざわざ X68kZ で遊ぶ必要はない。

X68kZ にグラディウスが付属する、というのは、X68k にグラディウスが付属したことに対する、オマージュだ。

X68k はここから始まったのだ。


そしてもう一本。超連射68k。

こちらは、1997年に発表された同人ソフトだ


X68k シリーズは、1993 年発売の X68030 で終了している。以降後継機は出ていない。

専門誌であった Oh! X も、1995年末で休刊している。


そのさらにあと、1997 年に発売されたソフトなので、実際のところ遊んだことのある X68k ユーザは少ないはず。少なくとも、僕は X68k では遊んでいない。

ただ、作者自身によるWindows 版が 2001年に公開されていて、僕はそちらは遊んだ。


つまり、懐かしのソフト、というものではないし、遊ぶことが目的であれば、Windows でも遊べる。


しかし、当時話題になったのは覚えている。

同人ソフトだからこそ、市販ソフトにはないような技術的チャレンジを行っている

巧妙なプログラムにより、X68k の限界を超える数のキャラクタを表示しているんだ。


だから、これが動けば、X68kZ のエミュレーション能力がそれなりのものである、という証明にはなる。

同時に、X68k 最後の話題作を付属させることにもなる。



さて、X68kZ には、3つの SD カードが付属する。

2つは、上に書いたゲームが入っている。

残る1つは、パソコンエミュレータとして起動するための OS だ。


これは、X68kZ の制作者からのメッセージだ。


ゲームにより、X68k の最初と最後を示した。

OS は、その中間を埋めるもの。


しかし、OS というのはゲームと違い、そのまま楽しむものではない。

「何かを起動するためのプラットフォーム」だ。


君なら、何を起動する?


この問いに答えられる人は、X68kZ を楽しむことができる。



「無いものは作る」


この言葉は、X68k を象徴するものとして語られる。

僕が過去に X68k について書いた記事でも多用している。

書いた当時は X68k を知るものも多く、この言葉の真意が伝わりやすかった、と思う。


この言葉は、X68kZ の宣伝文句でも使われていた。

しかし、すでに当時を知るものは少ない。

言葉自体が神格化して、ねじ曲がっているように思う。



X68k は、圧倒的に「無かった」。


ソフトの数で、当時絶対王者だった PC98 に負けるのは当然。

ライバルとされていた FM-Towns にも、圧倒的に負けていた。

X68k はゲームに強かった、と言われるが、そのゲームの数ですら負けているのだ。


でも、X68k は、ソフトを持っていないが「ソフトを作りやすいハード」を持っていた。

後で詳細を語るが、使い始めの素人でも、それなりのソフトを作れたし、発表できた。


無いものは作る、というのは、なんでも作ってしまう熱い技術者集団を示す言葉ではない。

無いから仕方なく自分たちで作り、不格好でもいいから環境を整えようともがいた軌跡を示す言葉だ。


市販ソフトの少ない X68k は、こうしたソフトを中心として回っていた。

X68k を再現する、というのであれば、市販ソフトの収録よりも、こうしたソフトを収録しないといけない。


実際、超連射68k は同人ソフトなわけだが、先に書いた通り当時遊んだ人は少なかったはずだ。

当時遊ばれたものは…市販ではないからこそ、権利関係などが確認できずに収録は難しいだろう。


当時の X68k を懐かしむ「ミニ」を作るにあたり、ゲームではなくエミュレータをメインコンテンツとする、というのは大英断だったと思う。



ネット上では、当時自分が作ったソフトを公開している人がいる。

僕も公開している


ゲームに限らず、探せばいろいろある。

そういうものを探して動かしてみるのが楽しい。


最初に書いた通り、Windows のエミュレータでも遊べる。そちらの方が再現性も高い。


でも、遊び終わって次のソフトを見るときに、「本体上のリセットスイッチを押す」というのが、当時を知っているものにとっては、たまらなく懐かしい。


Windows のエミュレータではこうならないのだ。

それだけで入手した意味があった。


何度も書くけど、これは思い出補正だ。当時持っていた人間だから懐かしめるものだ。

憧れていた人が買って、「ゲームが2本しかない」と嘆く気持ちはわかるのだ。


でも、ファミコンミニも、メガドライブミニも、そうでしょ?

今更昔のゲームが遊びたいというよりも、思い出を懐かしみたい、という側面が強いと思う。


思い出がない人間には、懐かしめない。

X68kZ だってそれは同じ。それだけのことだ。



X68kZ の話としてはこれで終わりなのだけど、途中で書いた話の詳細を、次の記事に書きたいと思う。


X68k が、素人でもプログラムを組みやすい環境だった、という話だ。


こういう「使い勝手」の話は、スペックに現れない。

ずっと昔に自分が書いた記事でもあまり取り上げていなかったので、今更ながら記しておこうと思う。



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素人プログラマから見たX68k【日記 23/04/10】

続 X68000Z【日記 23/04/10】

別年同日の日記

06年 バス

20年 続・テレワーク


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

X68000Z  2023-04-02 12:53:06  コンピュータ

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X68000Z の Early Access Kit が昨日届いた。


以前、日記で話題にしたことがある。

当時は計画発表のみだった。その後クラウドファンディングで受付が開始され、1日で当初の目標金額を達成。

結局、目標の 10倍に達したために、生産が間に合わないということで締め切られた。


以前の日記では「様子見」としていたが、その後の情報は期待を持てるものだったので、僕も出資した。

一番安い、製品だけもらう内容だけど。




しかし、「せっかくだから欲しい」程度で、待ち望んでいたわけではない。

なので、ネットで「届いた」という知らせを見たときも、製品出荷だと気づいてなかった。


最初に開発参加者向けに出荷していたからね。届いたというのも、今更参加とかできたのか? と思っただけ。

すぐに、「あぁ、本格的な出荷か」と理解したけど。


クロネコヤマトから連絡がきて、3月31日にお届け、となっていた。

そうか、速いな、と思っていたら、夜まで待っても来なかった。



で、昨日、4月1日は仕事で、PC 前で待機している必要があった。

待機して、連絡用の slack を確認できる体制にあればよかったので、長い日記書いて公開したのだけど。


そんなわけで、製品は午後早い時間に届いたのだけど、放置。

夜になって中身を確認したが、動作確認に至らなかった。




そして、先ほど本格的に動作確認した。


HDMI モニタが必要だが、今使ってない PC 用はスピーカー内蔵してないんだよな…

サーバの動作確認などで緊急に使うために追いおてある、小さな HDMI モニタを出した。これはスピーカー内蔵。


キーボードの感触は、悪くない。

しかし、今更 X68k の配列は、PC につなげてまで使おうとは思わない。

値段高い購入品だから、コレクションとして置いとくだけになるだろう。


X68k のキーボード自体は好きだよ。日本語入力のことをすごく考えて作られている。

現在普及しているキーボードのような、英語入力を考えたものに最低限のキーを追加しただけ、とは違う。


しかし、X68k の日本語変換FEP は、キー操作などは良くても変換エンジンと辞書がダメだったけどね。



マウス。こちらも高級品になる。

X68k の付属マウスのイメージをそのままに、現代的なマウスホイールもついていて、Windows で使用できるように考えられている。

さらに、トラックボールマウスだ。トラックボールにもなるのだ。


でも、「マウスとトラックボールをくっつけただけ」で、X68k のマウスのような仕組みではない。

あれは、マウスのボールを物理的に持ち上げて上に出すことでトラックボールになる、という面白ギミックだった。

今時のマウスは光学センサーだから、X68k のマウスを再現するために、わざわざボールを入れてある。このボールは上下に動いたりしない。


こちらも良くできている、と褒めはするが、コレクションとして置いとくだけになるだろう。




本体の質感は悪くない。

インタラプトキーとリセットキーもちゃんと動作する。


しかし、最初起動に戸惑った。せっかくだからグラディウスを起動、と思ったら、エラーになって起動しないのだ。


システムディスクを入れると、起動できる。

B ドライブにグラディウスを入れて、そこから起動できるかな、と思ったが、B ドライブを認識しない。


B ドライブ壊れてる? と思ってシステムディスクを B に入れると、ちゃんとそちらから起動できる。


グラディウスの SD が初期不良? と思って、超連射 68k で試すが、こちらもエラーになる。


ちゃんとマニュアルを読まないといかんな、と思って読むのだけど、特に説明はない。

説明がないということは、普通に操作して起動できるということか?



…ネットで調べた。

起動方法についての PDF が配布されていた。どうも、説明書の印刷が製品出荷に間に合わなかったようだ。


なるほど。

X68000Z は、X68k の動作を再現する「エミュレートモード」と、ゲーム機として気軽に使うための「ランチャーモード」があるようだ。


そして、付属するゲームである、グラディウスと超連射 68k は、ランチャーモードから起動しないといけない。

モードの切り替えは、インタラプトキーの長押しで行える。


ランチャーモードからエミュレーターを起動することもできるので、「X68k と同じ動作にしたい」という強い欲求がない限り、ランチャーモードにしておくのが便利そうだ。



ランチャーモードでは、起動したゲームを終了してランチャーに戻ったりすることもできる。

ただし、エミュレーターモードに入ると、戻れない。


ここら辺、Wii の時のゲームキューブ互換モードみたいだ。




そんなわけで、グラディウスを遊んでみる。

ランチャー上では、グラディウスがどのようなゲームか、という説明も行われる。


なるほど、単にエミュレータとして起動するのではなく、時代背景などの説明もできるのか。

ランチャーモード、よく考えられているな。


懐かしい。そして、すでにパターンを忘れているので、1面クリアもままならない。

何度か遊んで2面の途中で死に、やめた。


超連射を遊んでみる。

こちらも、ランチャー上で説明が出る。有名な同人ソフトだ。


当時から話題にはなっていた。X68k の性能を超えた数のスプライトを表示している。

理論上、4倍の数まで出せるのだそうだ。すごいな。


ゲームとしてはなかなか面白い。

グラディウスはゲームセンター向けだから、100円で長時間遊ばれると困るんだよね。すぐ死ぬような難易度。


でも、超連射は同人ソフト。遊んでいて気持ちいいことが優先されていて、心地よく遊べる。


しかし、しばらく遊んでゲームオーバー。ひとまずはこれで終了。




Windows で、SD カードの中を覗いてみる。

…Windows では見られないフォーマットのようだ。


となると、Windows で自分のデータを SD カードに何らかの方法で書き込んで、X68kZ で見る、というのはすぐにはできなさそうだ。


コメットのディスクイメージなら手元にあるのだけど。



すでに、X68kZ 向けの専用ソフトが発売されている。

当時の内容ほぼそのままらしいけど、ランチャーモードから起動できる、シューティングゲーム作成ソフト。


あと、ZOOM (当時の X68k 向けの人気ソフト会社)も何か発売を考えているようだ。


それらを考えると、Windows でアクセスできないようにする気持ちは、わからないではない。



翌日追記


X68k の「エミュレータ部分」のマニュアルも、PDF で公開されていた。


これを読んだら、FAT32 の SDHC カードに X68000Z というディレクトリを作成し、その中に XDF ディスクイメージを置くと、エミュレータ起動時にディスクを認識させられる、ということだった。


早速、コメットのディスクイメージを起動してみる。


せっかくだからマウスをトラックボールモードで…

元々トラックボール用として考えたゲームだったから。


しばらく遊ぶ。懐かしいけど、拙いね。

よくこんなものを売ろうとしたものだ。若気の至り。


しかし、若気の至りで「評価される」喜びを知り、その後の人生の転機となったのだ。


過去にScratch 版を作ってみたりもしたけど、オリジナルがもう一度見られた、というのはそれだけでうれしいものだ。


(いや、実機復活させたときに少し遊んだ覚えがあるし、win 用の X68k エミュでも遊んでいるのだけど。)





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2つのタブレット  2023-03-07 17:07:44  コンピュータ 家族

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高校を卒業した長男、大学受験も試験は終わって区切りがついたし(まだ発表待ちのところがある)、部屋を片付けていた。

そして、「そういえば、こんなのあった」と未開封の箱を持ってきた。


転校した際に、転校先の高校では全員持つことになっているから、と購入した、学校指定のタブレット端末。

転校したのが遅かったこともあり、使わなかった。だから新品未開封のまま。


前の高校では学校ではPCルームがあってそちらを使い、家では各自の端末を使い…という形をとっていたので、長男は自分のマシンを持っていた。(というか、高校入学時に買った)


転校先の高校では、学校では特にPCは使わず、学校指定の端末は「家からネットワークにつなぐときなどに使う」ということになっていたのだが、長男は自分のマシンでやっていた。


というわけで、未開封だったのだ。




長男はいらない、というので、初期化して使い物になるかどうか開封の儀。


ASCON AT-11、という聞いたこともない機械だった。

調べてみると、ASCON は教育用にPC導入などのサービスをやっている会社で、「PCを売っている」のではなく、PCを学校で使うためのコンサルタントサービス全体を売っているようだ。


そのため、新品未開封で電源を入れたにもかかわらず、すでに長男の名前のアカウントが作ってあり、パスワードなども設定されていた。

(初期パスワードを書いた紙は同封されており、すぐにパスワードを変えるよう指示もあった)


また、教育現場で使うための、おそらくグループウェア(Google Classroom のようなもの)も入っているようだった。

でも、すでに卒業したので接続しない方が良いだろう。そのまま置いておく。


というわけで、さっそく初期化を試みる。

問題無く初期化できそうで、さらに Windows 11 にアップデートできそう、と分かったので実行。




ところで、この AT-11 は、キーボードを取り外してタブレットとしても使える、いわゆる「デタッチャブルPC」だ。


本体の後ろにはキックスタンドが付いていて、スタイラスペンも付属する。

…まぁ、Microsoft が Surface で作り上げたスタイルだな。


時間がかかったが、Windows 11 が入ったところで使ってみる。

キーボードの感触は悪くない。スタイラスペンもうまく動く。


しかし、キーボードについている、タッチパッドがどうもよくない。

操作していて思ったのと違う挙動をするのでイライラする。


少し冷静に考えて、理由が分かった。

タッチパッドを2本指でスワイプすると画面スクロール、というのは一般的な操作なのだが、この方向が自分が思っているのと逆だ。


スワイプで画面を動かす場合は、僕は「画面を掴んで動かす」イメージで動かしたい。

しかし、この機種では、「スクロールバーを掴んで動かす」のだ。これは方向が逆になる。


まぁ、その程度は設定でどうにでもなる。

コントロールパネルから、タッチパネルの設定を開いて…と思ったが、どこにもない。


どこに設定画面あるんだ?



探してみてもどこにもなかった。

これは、デバイスドライバが入ってないのかな? とりあえず動いているが、設定は別アプリで行う、という例もある。


どこの機械だろう。

Synaptics か ELAN か 、または ALPS か…そのあたりだろうと調べてみるがどうも違う。




調べる過程で分かった。


この AT-11 という端末、Chuwi UBook のカスタム OEM だ。


Chuwi UBook は、実は家にもある。11.6インチだけど。妻のマシンなので僕はあまり触ってないけど。

AT-11 は 10.1インチ。調べてみたが、このサイズは UBook にも、その後継機である UBook X にもなかった。


しかし、気づいてみればキックスタンドの形状は同じだし、スタイラスペンも同じものだ。


ここを手掛かりに、タッチパッドをさらに調べると、衝撃の事実が分かった。


Chuwi のタッチパッドは、タッチパッドの形をしているが、信号などは完全にマウスを模倣していて、Windows からはマウスとして認識されるそうだ。


そのため、タッチパッドの設定、という概念自体が存在しない。


タッチパッドのハードウェア側で、Windows で標準的になっているタッチパッドのゼスチャを認識し、キーボード信号として発信している。


そのため、ゼスチャが邪魔だから消したいと思っても、その設定、という概念が存在しない。



なんてこった。

ソフトウェアで認識させるようなことを、すべてハードウェアで完結して行っている。

その技術自体はすごいのだが、そうじゃない。ソフトウェアで行うから微調整が効くのだ。



スワイプ時のスクロール方向は、レジストリの設定で逆転させられると分かった。

一部のゼスチャは、AutoHotKey というソフトを使って使えないようにする、という定番技が分かった。


しかし、一番誤認識してイライラする「画面のズーム」というゼスチャが、どうやっても殺せない。


さらに悪いことがある。

このタッチパッドは左右前端を押し込むことで、左右のマウスボタン相当の動きをするのだが、このクリックを行うために左右前端を触ると、タッチパッドに触れたことでカーソルが動いてしまう。

そのため、クリックをまともに行えない。


一応、「一番端の角の部分」だけ、触っても反応しないように作ってあるようだ。

しかし、慎重に触らないといけない、というのは使っていてストレスが溜まる。


このタッチパッドは、Chuwi 端末を使用している多くのユーザーの悩みの種のようだ。

キーボードを打とうとすると誤認識して邪魔だから、「ない方がはるかにまし」という人もいる。

(その場合、デバイスマネージャからデバイスを無効化して、完全に使えなくしてしまう、という技がある)




AT-11 、ダメなのはこのタッチパッドがすべて。

他は、素直なつくりの Windows マシンだ。


教育用で安くするためか、かなり CPU は非力だけど。

しかし、市販されてない小さなサイズで、持ち運び便利なサブノートマシンとしてはなかなか魅力的。


我が家では妻が使ってみようかな、と言っている。

先に書いたが、妻は現在 Chuwi の UBook をサブマシンとして使っているが、これは「タブレット端末」で、キーボードがついていないために少し不便を感じているのだ。




さて、今日の日記は「2つのタブレット」の話だ。もう一つのタブレットの話をしよう。



長女は目標としていた高校に合格したが、この高校では「毎日持ち運ぶ」PCを必要とするので、各家庭で購入してください、という通達があった。


推奨は Chromebook 。しかし、これは「クラウドを使用する」という意味合いでしかないため、最近の WebBrowser が動いて、WiFi に接続できるマシンであればなんでも構わない、家にある機械の流用でもよい、という説明になっていた。


他にも細かな規定があったが、常識的な内容。


そして、学校に出入りの業者の斡旋品のチラシも入っていたが、学校としてはこれを買うように指示するものではない、とわざわざ明記してあった。


さて、業者の斡旋品を検討する。ASUS Chromebook Flip CR1 BP0003


CPU は Intel Celeron 。少し非力だが、Chromebook としては悪くないだろう。


ただし、Intel 系で Chromebook となると、Chromebook の売りの一つである、Android アプリの使用にはかなり制限が出る。

Android は CPU を問わない前提ではあるが、事実上 ARM でないと動かないアプリもあるためだ。


難ありなのが、重さ。1.42kg 。

ノートパソコンとしては軽い方ではあるが、教科書多数と一緒に毎日持ち歩くとなると、ちょっと重い。


中学では iPad が支給され、使っていた。この重さを測ってみたら、990g 程度だった。(キーボード込み)

長女の実感としては、これより重いのは嫌だなぁ、とのこと。



探してみる。

Lenovo IdeaPad Duet 370 Chromebook が良さそう。

この1世代前の機械である、Duet 360 は僕が普段使用しているので、安心感もある。


重さは 980g で iPad とほぼ同じ。

CPU は ARM 系。Celeron より非力なのが気になるところだが、僕の機種より2倍程度の能力があるので、実用上の問題はないだろう。



学校推奨の ASUS Flip は画面が 11.6 インチ。Duet 370 は 10.95 インチ。少し小さい。

一方で、解像度は Flip が 1366x768で、Duet 370 は 2000x1200 。広い。


実売価格はほぼ同じだった。

Flip は学校の出入り業者の価格で、Duet はネットで調べた最安値だけど。



あとは本人の好みだな…と思って長女に聞いてみると、小さければ持ち運びもしやすいし、何よりも軽い方が良い、というので Duet 370 を購入することに決定。




で、このタブレットが今朝届いた。


先ほど長女が学校から帰ってきたので開封したが、充電しないと起動しないようだったので、現在充電中。


まぁ、Chromebook なので設定項目などもほとんどなく、何の違和感もなく使えそうだ、と思っている。

1世代前の機種は僕が今でも快適に使っているしね。





以上で話は終わりだが、思い出したので余談。


長女の中学では iPad が支給されている、と書いたが、明日卒業式なので、今日返却した。


昨日、返却前にデータを全部取り出したい、と言われて確認したら、データはすべて Google Drive に入れられていた。


まぁ、そのアカウントが教育用で消されてしまうので、PCからアクセスして、全ファイルを Zip に圧縮して取り出し。

長女の個人アカウントの Google Drive に「中学校」というフォルダを作り、その中に全部突っ込んどいた。


(iPad 特有のアプリなどは授業では使わず、Google スライドや Google Doc 、Google Spreadsheet などを使っていたそうだ。

 だから、データさえ突っ込んでおけば、見たくなった時にまた見ることができる。

 しかし、なんで iPad にしたのだろう? Chromebook の方が安くて管理簡単に思えるのだが…)



学校のお勉強データには興味が無くて、消えてしまっても構わない、という生徒もいるだろうが、取っておきたい、という子もいるだろう。


長女が僕に相談してきたのだから、学校ではこうした保存方法は教えていないと思われる。


学校の勉強で作ったものなんて、多分数年後に見たら拙くてたいして価値のないものだと思う。

しかし、それを見ることで「当時の想い出」が一緒によみがえってきたりして、消してしまうには惜しいものだと思う。




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新しい年に…  2023-01-02 16:31:35  コンピュータ

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新しい年に…

新しい年にあわせ、キーボードを新調した。


…いや、別に新年だから買ったわけではないのだけど、12月頭ごろに「何か別のものを買う機会があったら一緒に買おう」くらいの気軽な気持ちで Amazon のカートにキーボードを入れていたのだ。


それを、年末に仕事が休みになり、別の品物を買おうとしたときに思い出した。

購入したら昨日元日に届いた。


そういうわけで、新しい年に新しいキーボード、となったわけだ。

この日記は今、新しいキーボードで書いている。


(実は、昨日の日記も新しいキーボードで書いていたのだけど)




新しいキーボードの使い勝手を…と行きたいところだが、前と同じものを購入したので全く変わらない。

前の製品は、2016年に購入していた


5年半も使っていて、最終的に不調が一切なかった。

しかし、5年半の間にキートップの文字がすり減ってしまった。

この日記冒頭に添付した写真を見るとすり減り具合がわかるだろう。

(手前のものが古く、奥に置いてあるのが新しく購入したもの)


普段キーボード見ないのですり減っていても問題ないのだけど、慎重に入れる必要があるパスワードなどを間違えることが時々ある。

(仕事柄多数のパスワードを使う必要があり、内容がランダムに近いものなので、手元を見て確認しながら入力している)


それで、新しいのを買うことにしたのだ。




それ以前に使っていたキーボードは、3年程度で不調になることが多かった。

それが5年半も問題なく使えていたのだ。当然同じものを買うことにした。


マイクロソフトの有線キーボード。それも一番安いものだ。


あ、今過去の日記を読み返していて気づいた。

5年半前に買った時は、990円だったらしい。今回は 1391円だった。

一番安いやつ、と言いつつ、少し値上がりしている。


まぁ、5年使えることを考えたら十分に安いけど。


昔から、マイクロソフトはマウスやキーボードに定評がある。

その品質の高さを、よく知ることができた。




まったく同じ製品だが、変わったことが一つ。


5年半前に買った時は「Windows 8 / 10 対応」だった。

今回購入したものは「Windows 10 / 11 対応」になっていた。


普通のキーボードだから、対応のために変わえるところはない。

時代に合わせて箱が変わっただけだ。



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別年同日の日記

22年 あけましておめでとうございます


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ONU 不調の顛末  2022-12-27 13:14:58  コンピュータ

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なんか、ネットの不調の話ばかり書いているな。


昨日は SSL 証明書が失効していた話を書いたが、実はそれよりも前の話。

NTT の光回線を使用していると、外からくる「光」を、電気信号に変換する ONU という機械までが NTT のサービス区分となる。


そのため、ONU は NTT からのレンタル品なのだけど、どうも2週間くらい前からこの ONU の調子が悪くなった。




インターネットは様々な技術の寄せ集めでできているので、いつどこで不具合が起きるかわからない。

急に回線がつながらなくなり、何もしないでも1分もすると復旧する、ということもたびたびある。


2週間くらい前のその日も、ネットワークがつながらなくなったので「自然に復旧するだろう」としばらく待っていた。


でも、復旧する兆しがない。

こういう時は、ルータにログインして様子を見る。


ネットワークが切断していた。再接続指示。

普段は再接続は勝手に行われるのだけど、明示的に指示を出してみる。


しかし、どうもうまく接続できない。


じゃぁ、ルータの調子が悪いのかな。再起動。しかしうまく行かない。


うーん、もっと上流か。

プロバイダや NTT の障害情報を調べてみるが、特に障害は出ていないようだ。


障害箇所を絞り込みつつ、すると NTT の基地局などよりは内側で、ルータよりは外側。


その日は風が強かった。風でどこかのケーブルがおかしくなった可能性もある。

そんなもの、自分の手ではどうしようもない。


でも、自分で対処可能なものが1つあった。

ONU をリセットしてみよう…とおもったが、リセットボタンも電源ボタンもない。

基本的に常時電源入れっぱなしで使うものだからだ。


仕方ないので、コンセントを抜いて、10秒くらい待ってまた入れてみた。

これで無事復旧した。




その後も、2~3日に一回同じ状態になる。ONU をリセットすれば復旧する。

ONU はレンタルだと書いたが、レンタルなので「再利用」もされる。


我が家が今の光回線を契約したのは3年前で、ONU もその時に来たものなのだが、ONU の製造年月日を見たら 2008 年だった。14年も前。


これは ONU 故障だろう。

この時点で、最初の障害から1週間ほどたっていた。修理を依頼したところ、技術者が来られるのが1週間後、という。

不便だが使えているので、1週間くらい待てる。それでお願いする。


実は、修理を待つ間にも、半日で3回のリセットが必要になった時などあったのだが、昨日修理に来た。




光回線も「接続」ポイントが緩くなったりして不調になることはあるらしい。

なので、技術者としては近所の電柱も点検して回ってくれた。


しかし、ONU も古いし、僕が細かく状況を切り分けていたので、おそらくは ONU の故障なのでしょう、ということで交換。


以前は PR-S300 という機械だった。

ネットで調べたら、PR-S300 が不調になったら、同じ PR-S300 に交換、レンタル契約がそうなっているから…という話を見かけていた。


でも、PR-600 という機械に変わった。

基本機能は変わっていないし、何が違うのかよくわからないけど。

(おそらく、14年も前の機械はすでに在庫が無くて、後継機に交換になったというだけだろう)


もともと不調は2~3日に一回だったので、これで治ったのかどうかはまだわからない。



これで、今回書いたような顛末記を書こうと思って自分のページにアクセスして、昨日の障害に気づいた、というわけ。




NTT の光回線で、電話と、テレビの電波も頼んでる。


前の機械が不調になった時に確認すると、ネットがつながらなくなった時は、電話もつながらなかった。

しかし、テレビは見られた。


新しい機械の導入時、接続してから確認したら、電話とテレビはすぐに繋がった。

しかし、ネットは繋がらない。技術者の人が LED 見て「ファームウェアアップデートが入ってしまったので、しばらくかかります」と言った。


…ファームウェアアップデート中でネットがつながらない状態でも、電話やテレビは繋がるのか。


ここらへん、どうなっているのか知らないけど謎技術。



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別年同日の日記

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16年 コラムス 97 サターン版


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