ドリームキャスト(セガのゲーム機)って、トヨタのお店で自動車の電子カタログに使われてたよね。
…っていうのは、当時のゲーム好きなら知っている話。
あれ、でもどうしてトヨタなんだろう?
セガとトヨタの間にどんな接点が?
って、今更急に気になって調べてみた。
半日程度で調べた話なので、間違いもあるかもしれない。
まず、自分がセガに在籍していたころ、携帯電話の普及黎明期だった。
あたらしい会社として「東京デジタルホン」が設立されて、セガ社員なら格安で入手できる機会があった。
そのため、当時のセガには東京デジタルホンユーザーが多かったはず。
…携帯電話の歴史話は非常に面白いのだけど、以前に書いたのでそちらを参照のこと。
また、携帯電話ブランド変遷史のまとめ方が面白い。
(僕のページはPHSの話を含み、下のページはPHSは含まない)
それはさておき、なんでセガ社内で東京デジタルホンを販売していたのか、というと、どうも親会社だった CSK が東京デジタルホンに一枚かんでいたらしい。
ここらへん、ざっと調べただけだと明確な情報がない。
CSK 社長だった大川功氏が個人的にかかわっていたというような話もあり、出資者としても CSK の名前は出てこないようだ。
ただ、非常に古い Internet Watch の記事があった。
1996 年 5月 20日のものだ。
携帯電話の特集で、東京デジタルホンのホームページ(WEBページ)の URL が書かれている。
しかし、ドメインは CSK だ。CSK の WEB サーバーに間借りする形で公式ページが始まっている。
(この URL を WaybackMachine で調べたが、一番古いアーカイブは翌年 1997年1月のもので、その内容は tdp.co.jp に引っ越した、というものだった)
今度はトヨタの方を見て行こう。
トヨタは言わずと知れた自動車メーカーだけど、自動車に関連するものとして、電電公社と一緒に「自動車電話」の研究を行っていた。
自動車電話のサービス開始は 1979年。
その後、電電公社がNTTになり、電話事業が民間解放されると、日本高速通信を設立している。
高速道路沿いに電話線を埋設することで長距離電話をサービスする会社だ。
その後、日本高速通信は、自動車電話をサービスする「日本移動通信」を設立する。
後の携帯電話会社「IDO」だ。もちろんトヨタも出資している。
でも、その後日本高速通信は赤字になり、消滅してしまう。
(KDD に吸収合併)
トヨタはIDOにも出資しているのだけど、ライバルとなる東京デジタルホンの立ち上げにも協力し、出資している。
東京デジタルホンは日本高速通信のライバルだった長距離電話会社、日本テレコムが中心となって設立した会社だ。
なんでライバルに出資したのかは知らないけど、年表を見るとDoCoMo なんかにも出資している。
自動車をただの移動手段ではなく「移動オフィス」とする構想があり、競合する会社であっても「ライバル」ではなくて、「協力して市場を広げる仲間」だったのかもしれない。
トヨタと言えば自動車のイメージが強いのだけど、もともとは自動織機の会社だ。
そして、今では情報通信も重要な事業の柱になっている。
セガの親会社である CSK はコンピューターの会社だ。
でも、その社長である大川功氏は、コンピューターというよりは「情報通信」の世界で存在感を示した人だ。
まだ電卓が一般的でなく、タイガー計算機だって高価なので多くの人がソロバンをはじいていたころに、パンチカード集計機に出会って CSK(コンピューターサービス株式会社)を設立している。
コンピューターのメーカーではなくて、あくまでも「情報サービス」。
そして、情報は鮮度が重要なので、通信インフラの整備が必要、と考えが変わっていく。
同時に大川氏は、未来を担う存在としての子供に期待していた節がある。
G7のサミットに出席して「各国の子供の声を聴く会議を開きましょう」って提唱しちゃうし、個人資産から35億円ほどを「子供たちのために」って寄付しちゃう人だからね。
その35億の寄付は、子供にコンピューターとインターネットの教育を施すために使われた。
未来を担う子供たちが、情報通信によって国の垣根を超えて理解しあえれば、きっと世界は平和になる。
それが大川氏の思いだったようだ。
セガを子会社化したのは、セガの方から話を持ち掛けてきたからだ。
でも、コンピューターを子供の遊びとして提供する会社を最大限に生かし、子供になんとか通信ネットワークを使わせられないか、何度も試みているように思う。
メガドライブ、セガサターンには、どちらも純正周辺機器としてモデムが発売されている。
ドリームキャストに至っては、最初から内蔵している。
当時の速度の遅い回線ではアクションゲームなどには向かないし、ソフトをダウンロードさせようとしても時間がかかる。
結局全然普及せずに「早すぎた」ってネタにされている程度なのだけど、大川氏としては、ゲームよりも「環境」を提供したかったのではないだろうか。
実際、どれも「ゲーム」を主要な用途と据えながらも、情報サービスを提供しようとしている。
セガという会社の立場からゲームが注目されてしまうのだけど、情報サービスを提供したかったのだとすれば、低速な回線でもそれほど問題はなかったのだろう。
探しても資料が出てこないので記憶だけで書くのだけど、ドリームキャストよりも前に、三菱自動車が店頭に「マルチメディアカタログ」を置いていたと思うんだ。
当時僕は Macintosh を使っていて、雑誌も購読していた。
そして、そこにニュース記事が載っていたと思う。
このカタログ自体は、CD-ROM で作られ、Mac で再生できるもの。
QuickTime も使って動画とかも入れられている。
自動車ディーラーの店頭に置く、というのは珍しい試みなので話題になっていた。
でも、店頭に Mac を置こうというんじゃない。Mac は結構高いからね。
置かれたのは「ピピンアットマーク」だった。
ピピンアットマークについて説明すると長くなってしまうので、概略だけ書いておこう。
Apple 社が企画し、広く製造会社を求めたのだけど、バンダイだけがその計画に乗っかった「マルチメディア機」だ。
内部は廉価な Macintosh。
ゲーム機というには高価で、そもそもパソコンなのでゲーム向きに特化した機能はない。
ハードディスクを持たないためパソコンとしては使えず、インストールなしに CD-ROM から起動する専用ソフトしか動かないので、Mac の資産が活かせるわけでもない。
でも、Mac 用のソフトを「移植しやすい」。
あくまでも移植作業が必要。ピピンと Mac 両用のソフト、というのは作れるのだけど、Mac 用ソフトは動かない。
ちなみに、当時の Mac はビジネス機としては人気があったけど、家庭用のソフトとかゲームとかはあまりない。
…企画の時点から、いったい何に使えるのか疑問だらけの機械だったし、当の Apple が全然やる気がなかった。
バンダイはこの計画に乗りはしたが、おもちゃ屋なのでこんな複雑なものは作れない。
そこで、三菱電機に OEM 供給で生産を依頼した。初回生産分で5万台だったらしい。
そして、初回生産分を売り切ることができず、在庫の山を抱える。
「世界で一番売れなかったゲーム機」の異名を持つ。
三菱自動車の販売店にマルチメディアカタログを置く、というのは、おそらく三菱からの「救済措置」。
積極的にやりたかったわけではなくて、なんとか活用方法を見出した、という程度。
しかし、「マルチメディア」がまだ流行のキーワードだった時代、この話がちょっと注目されたのは事実なんだ。
これで状況が出そろった。
三菱自動車のカタログを、トヨタが「真似したい」と思ったのか、それとも在庫処分の方法をセガが「真似したい」と思ったのかはわからない。
(もっとも、トヨタとの提携は発売直後に行われている。まだ「在庫処分」ではなかったはずだ)
ともかく、トヨタとセガの間には「東京デジタルホン」を鍵としたつながりがあり、ドリームキャストを利用して、トヨタ車のカタログが作成されることになる。
ドリームキャストには情報通信機能が付いていて、トヨタは情報通信に力を入れていた。
単に車のカタログを表示しておしまい、ではなくて、トヨタの情報通信事業戦略上も一役買うようになっていたようだ。
ドリームキャストは「車のカタログを表示する端末」としての存在だけでなく、トヨタのお店で購入することができるようになっていた。
この際、購入できるのはおもちゃ屋さんで販売されていたものとは違う、トヨタ向けの特別版だ。
インターネット接続用のディスクがカスタマイズされていて、元トヨタ系の日本高速通信が吸収合併された KDD をプロバイダとして選び、トヨタのWEBページに簡単に接続できるようになっている。
となると、トヨタのお店にドリームキャストが置いてあったというのを、自動車の宣伝にゲーム機が使われたという「珍事」で片付けるのはちょっと違うようだ。
情報通信に力を入れるトヨタが、同じく情報通信を広めたい CSK と組み、その際に「子供でも使える情報通信端末」という理想的な機器としてドリームキャストが使われたのだろう。
もっとも、当時は多くの人がインターネットなんて知らない時代。
i-mode だって発売されてなくて、メールは一般的ではない。
そんな時代に「情報通信」よりも判り易い入り口として「自動車カタログ」だったんじゃないだろうか。
ゲーム機のポリゴンモデルで車を紹介する「珍しさ」で興味を引き、最終的にトヨタの WEB ページ(これも自動車カタログだ)を見てもらえれば、情報通信を広める目的は達成できたことになる。
実際うまくいったかどうかはともかくとして、戦略としては悪くないように思う。
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