数学って、厳密で窮屈だと思っている人が多いです。
でも、数学ってものすごく「ファンタジー」な世界です。
SF小説がリアリティをもって「まだ見ぬ世界」を見せてくれるように、良質のファンタジーがおとぎの国を身近に感じさせてくれるように、数学は時として想像もつかない、面白い世界を見せてくれます。
良質の数学はファンタジーですが、確固とした理論の上に立っています。
良質のSF小説が、事実を組み合わせて、ありもしない世界を作り出すのと同じ。
たとえば、目の前に点があったとしましょう。
点があるにもかかわらず、大きさはありません。そんな点があるわけないのですが、ファンタジーですから。
これが「0次元」の世界です。
この点を2つ用意して、その間を線で結びます。「1次元」です。
線の両端を、点によって「囲んだ」ともいえます。
続いて、1次元の線4本で、空間を囲みます。
話を簡単にするために、角は全部同じ角度で、線の長さも全部同じだとしてください。
いわゆる真四角。正方形です。これは2次元。
正方形6つで、空間を囲みます。
今度は立方体。3次元。
ここでわかるのは、「次元が増えるごとに、空間を囲むのに必要な『1つ前の次元のもの』が、2つづつ増えていく」ことです。
1次元は、0次元の点2つで囲めます。
2次元は、1次元の線4つで囲めます。
3次元は、2次元の面6つで囲めます。
では、3次元の立方体8つで囲んだ空間を考えてみましょう。
…空中に浮かんだ十字架みたいな形、を思い浮かべるのは間違いですよ。
ここで、3次元の立方体8つのうち、隣り合うもの同士は「面」を完全に共有しています。
正方形の角は「点」を共有し、立方体の辺は「線」を共有しているように。
そんな形あり得ない? 3次元ではね。
ここでは、「立方体」といいつつ、ひしゃげた形を想像してもいいでしょう。
ひしゃげているように見えて、実はひしゃげていない。
なぜなら、これは4次元の話で、3次元に住む我々には見ることができない図形だからです。
こうしてできた、立方体8つで囲まれた形を、「4次元超立方体」と呼びます。
この先はどういう形になっているのか想像もつきませんが、5次元、6次元の超立方体だって存在します。
超立方体!
形を想像することなんてできません。ただ、存在を受け入れてみましょう。
存在しえない、ファンタジーの世界です。
ネバーランドのお話を楽しむように。
中つ国、イーハトーブ、リリパット、ファンタージェン、ジーリー宇宙…それらの世界の物語を楽しむように。
…超立方体、というわけのわからない存在がある世界を、ただ受け入れて楽しんでみましょう。
でも、数学は確固とした理論の上に立っていますから、リアリズムのあるファンタジーです。
この超立方体にどういう特徴があるのか、論じることができるのです。
1970年にこんな問題が提起されました。
問題だけでもややこしいので、内容を3つに分けて書いていきます。
▼n次元の超立方体の、すべての頂点を、ほかのすべての頂点と線で結びます。
…想像できないでしょうから、普通の立方体、つまりは「箱」で考えてみましょう。これだって n=3 の超立方体です。
他の頂点と線で結ぶのですから、通常の「辺」に加え、各面に大きく「×」を書くことになります。
さらに、箱の内部にも、対角に当たる頂点まで「紐」を引っ張る形になります。
▼結んだ線は、2つの色のどちらかで描かれるとします。
先に想像した「線」は、すべて色がついているんです。
2色ですから、白と黒でいいでしょう。色の付け方はランダム、どのような形でも構いませんが、1本の線は1色です。
白黒といっても、縞模様の線があるわけではありません。
▼n が十分に大きければ、同一平面上の4点を結ぶ線がすべて同じ色になる組みが、必ず存在する。
前半は前提条件なので、後半から。
先に、立方体の場合、各面に×を描くことになる、としました。辺の部分もあわせると、面には6つの線が描かれます。
「同一平面上の4点を結ぶ線」というのは、そういうことです。
さらに、先ほど「箱の内部にも紐を…」と書きました。実は、この部分にも平面ができている。
超立方体だと、立方体よりもはるかに多くの面ができます。
そして、前半の前提条件。
「n が十分大きければ」です。
超立方体の次元が大きければ大きいほど、出来上がる面の数は多くなります。
それらの面は、別の面と辺などを共有しています。共有している、ということは、自由が利かないということです。
ですから、線の色を好きなように決めてよいとしても、すべてを思い通りにはできないのです。
そして、最後の結論です。
完全な自由が利かず、十分すぎるほど面の数も多いとき、面に描かれた6本の線の色が「すべて同じ色になる組みが、必ず存在する」のです。
問題提起は、単に「存在する」というだけでなくて、最小の n はいくつだろう? というものです。
一応、問題の提案者は「少なくとも、n がこの大きさなら必ず存在する」という数を求め、証明して見せました。
そして、「それよりも小さな数になる n を探してくれ」と、世の中の数学者に問うたのです。
問題提案者は、今日が誕生日のロナルド・グラハム(1935)。
そして、問題提案時に示した n が、「意味のある数値として最も大きいもの」とギネスブックにも認定された、グラハム数です。
このグラハム数がまた、ファンタジーとしか言いようがありません。
話が壮大すぎて、誰もその数を計算できないのです。
33 …3の3乗、というのは、3を3回掛け合わせたもの、3*3*3 のことです。こうした計算を「累乗」と呼びます。
計算してみればわかりますが、 3*3 = 9 なので、3*3*3 = 9*3 = 27 。「3」という小さな数から急激に大きくなるのが累乗の特徴です。
コンピューター言語では、累乗を記号を使って表すことがあります。
BASIC では 3^3 、FORTRAN では 3**3 と書き表しました。
FORTRAN の書き方は、「掛け算の回数を掛け合わせた」という意味の書き方です。
「3の掛け算を3回行う」から 3**3 という書き方。
グラハムは、コンピューター関連の著書もある数学者で、こうした表記の意味をよく知っていました。
そして、BASIC 風の累乗の書き方を、FORTRAN 風の累乗の書き方によって「拡張」することにしたのです。
3^^3 という書き方は「3の累乗を3回行う」という書き方になります。
3^3^3 の意味で、計算手順としては 3^(3^3)。
先に書いたように、3^3 は 27 だから、3^27 の意味になります。
3*3*3*3* ... と、27回も掛け合わせると、答えは 7625597484987(7兆6千億)です。
3^3 の時も書きましたが、累乗は急激に数が大きくなります。
累乗には想像もつかない世界が待ち構えている。今回の話の重要なポイントになります。
さらに、3^^^3 という書き方もあります。これは、3^^(3^^3) を意味していて、3の累乗を 3^3^3 回重ねた数です。
この時点で、ものすごく巨大な数ですよ。3^^3 は先に書いたように7兆越えですから、3^3^3^3^3 …と、7兆回も繰り返すことになります。
この数、概数は計算されているけど、事実上計算できません。
素粒子1個で10進数1桁を表すことができたとして、現在見積もられている「全宇宙」の素粒子を使っても、この数を表記できないくらい大きいそうです。
さて、 3^^^3 とか 3^^^^^^^^^^3 とか、記号が増えすぎると記号の個数を数えるのも大変になるので、別の書き方をしましょう。
3^^3 のことを、G(2) と書くことにします。G はグラハムの G ね。
G(3) なら 3^^^3 のこと。G(4) なら、3^^^^3 のこと。
さっき、G(3) でもすごく巨大な数だ、と書きました。
G(4) になると概数の計算すらできていません。
そしてもうひとつ、ルールを追加します。
G2(4) とかいたら、G(G(4)) のことです。
G3(4) なら G(G(G(4))) のこと。
では、G64(4) と書いたら?
話が壮大すぎてついていけません。
数学が苦手だからわからない、とかではないよ。
数学者であっても、誰もこの数がどのくらいの大きさか理解できていません。
これが、グラハムが冒頭にあげた「n が十分大きい超立方体の各頂点を結ぶ線を2色で描いたときに、面を構成する線がすべて同じ色である面が必ず存在する」という証明に使われた、次元の数です。
n が G64(4) よりも大きいときには必ず成り立つ、という証明はできました。
だれか、もっと小さな数でもできると証明してくれ、というのが、グラハムの出した問題なのです。
この G64(4) のことを、「グラハム数」と呼びます。
先に書いた通り、意味のある数値として一番大きい、とギネスブックに認定されています(1980)。
その後、問題を満たす小さい数として「小グラハム数」が見つかったけど、これも十分に大きな数でした。
グラハム数に比べれば、ずっとずっと小さいのだけどね。
逆に、n が 6 未満では問題を満たすことができない、という「下限探し」の証明も提出されています。
現在、6ではちょっと小さすぎて、11 よりも大きいのではないか、とされているようです。
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