今日は、ハロルド・コーエンの誕生日(1928)
この人よりも、この人が作ったプログラムの方が有名でしょう。
アーロン。コンピューター画家として知られ、「創造的な」人工知能だと言われます。
もっとも、コーエンはアーロンに創造性があるなんて、ちっとも認めてません。
見た人が勝手にそういっているだけ。
コーエン自身も画家なのですが、何が人間の創造性を左右しているのか、その限界を見極めようとしたところに彼の独自性がありました。
アンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインは、およそ「芸術としての創造性」なんて感じられない、広告ポスターや漫画雑誌を主題とした作品を、芸術作品として作っていました。
ピエト・モンドリアンはもっと前の時代の人ですが、キャンバスをただ直線で区切って色を塗っただけで、創造性を感じさせました。
コーエンも、おそらくはここら辺の作品に影響を受けているのでしょう。
「無作為に描かれた線」による作品群を作り、有名になります。
無作為…って、芸術の大切なテーマの一つなのですが、その無作為をどう作り出すかが問題。
彼は、紙をくしゃくしゃに丸め、それを再び伸ばし、しわの上に線を引いていきました。
他のしわと交わる交点では、あらかじめ決めたルールに従い、線が進む方向が決まります。
とにかく、ルールだけがあり、後は一切が偶然。
コーエンの意思はルール決定においてのみ入っており、芸術作品には意思が入り込まない。
それを「創造性」と呼べるかどうか…これが彼の作品のテーマでした。
当初は線画だけでしたが、後にはこれを拡張し、色を塗ったりもしています。
もちろん、色を塗る際もあらかじめ決めたルールに従って塗っているだけです。
彼は、このルールを決める作業を「初めてのプログラムだった」と語っています。
あらかじめ、起こり得る現象に対して、網羅的に対応できるルールを決めておく。
そして、偶然を元にルールを適用し、完成作品を見る。
彼は、さらに作品が「彼の考える、良いもの」になるようにルールに手を加えます。
この繰り返しで、作品自体は偶然性に支配されながらも、彼が思うような絵が描かれるようにルールを整えるのです。
この作業は、当然のように「機械化」の方向に進みます。
1971年、データ・ジェネラル社の後援を受けて、彼はコンピューターに絵を描かせるプログラムを展示します。
…プログラム自体には、1~2年かかったそうです。コーエン自身がプログラムを行いました。
この時の絵は、非常に単純な抽象画です。しわくちゃの紙をなぞる代わりに、ランダムを元に線を引いていきます。
当時のコンピューターにはまだ高精細なディスプレイはありませんから、ペンを持ったロボット自動車…LOGO の「タートル」に相当するものが絵を描きます。
#タートルは「かわいすぎて、みんなが絵ではなく、タートルの動きに注目してしまう」という理由で、後にプロッタプリンタに変更されます。
さらに翌年には、こうして描かれた絵の展示会を行います。
多くの絵が飾られ、その中には、絵を描くマシン自体の展示もありました。
マシンは少しづつ絵を描き進め、会期の終わりごろには見事な抽象画が完成しました。
この「機械」も含め、コーエンの芸術作品なのです。
絵を描く機械を見た人々は…この機械に「知性」を感じました。
左側でしばらく絵を描いていたかと思うと、急に右の方にペンを動かし、そちらでも何かを描き始めます。
これを見た人たちは「左に何かを描いたから、右にも描き入れて全体バランスを取っているのだろう」と話をします。
でも、コーエンによれば「単に、描くスペースが無くなったので中断して、別のところにスペースを見つけただけ」なのだそうです。
コーエンは、何も考えずに動くだけの機械を見る人々が、「機械が考えている」と想像する現象を、興味深く感じました。
そして、プログラムによって絵を描く機械に、大きな魅力を感じ始めます。
彼は、「プログラムが、絵を描くよりも楽しくなってきた」のだそうです。
1973年、コーエンは、妻と旅行中に、洞窟の岩肌に描かれた、原始時代の壁画を見ます。
これは、彼にインスピレーションを与えました。
そして、彼はアーロンを作りはじめます。
非常に単純な、原始時代の洞窟壁画のような絵を描く、コンピュータープログラムです。
アーロンは、とにかく「閉鎖空間」を描こうとします。ゆがんだ楕円だったり、ジャガイモのような形だったり。
描いている最中に他の絵とぶつかりそうであれば、線を曲げて、絵が重ならないようにします。
そして、時にはこの閉鎖空間から線を伸ばします。
その線は足のようにもみえ、まるで原始人が狩猟対象の動物を描いた、洞窟壁画のようでした。
この、「動物らしく見えるもの」からスタートして、コーエンはアーロンに様々な規則を教え始めます。
同じ閉鎖空間でも、描き方によっては雲にも、太陽にも見えます。
そして、次の大きな段階へ。
コーエンは、アーロンに、動物に「骨格」があることを教えました。
棒を繋げるような形で、胴体と4本の脚、首と頭、尾が繋がっていることを教えたのです。
この時点では、アーロンが知っているのは、棒状に体が繋がっていることだけでした。
棒同士は、接続箇所の角度を変えられます。でも、この角度も「可動範囲」があり、あり得ない形状にはなりません。
アーロンは棒を描くのではなく、その周りに適切に「肉付け」された形状を描きます。
ただ、この肉付けの際のパラメーターは、アーロンがランダムに生成します。
これにより、「洞窟壁画らしさ」が増しました。
コーエンはさらに、人間の形状を、木の形状を、部屋の構造を教え、遠近法や、重なった際の印面処理などをアーロンに教えます。
形状も、当初は2Dで表現していましたが、3D形状を透視変換して2Dに出来ることを教えました。
そこまで行くと、ただの3Dモデルを動かして、レンダリングするだけのプログラムになりそうです。
しかし、アーロンは3Dモデルを動かし、それを参考にして、その形状を「デッサン」するように線を描くのです。
参考にしかしていないので、なんとなく人間の形になったとしても、やはり線はいびつで、ただの3Dレンダリングとは異なります。
なにか、芸術としての肖像画の側面を持っているのです。
アーロンは創造性を持っているのか?
コーエンは、この問いにきっぱりと「持っていない」と答えています。
アーロンが創造的に見えるのは、アーロンが描いているところを見る我々が、アーロンに人間的な何かを感じてしまうためです。
実際には、その内部ではランダムを生成し続けているだけで、何も考えてはいません。
ただ、アーロンはコーエンの考える「芸術性」を教え込まれています。
アーロンが創造的ではなくとも、コーエンは創造的で、アーロンはコーエンを真似しているのです。
以前は、人工知能の研究者で、コーエンの支援も行っているレイ・カーツワイルが、アーロンの「Windows 移植版」を有償で配布していました。
しかし、今探したところ、配布は辞めてしまったようです。
ずっと Windows 95 用のままだったからね。64bit 時代になって動かなくなったのかも。
そんな、アーロンの描いた作品は、芸術作品として認められ、高値で取引されています。
これももちろん、アーロンを道具としてコーエンが描いた作品、としての価値があるためです。
実のところ、アーロンが描いた絵は沢山あって、販売されているのは「コーエンが認めた」作品だけです。
この時点で、高値で取引される理由はちゃんとあるんですけどね。
先に書いたソフトを入手したとしても、それで描かれた絵が全部高価な価値がある、というわけではないのです。
機械は知性を持ちうるか否か?
これは17世紀から続く、哲学の大きなテーマです。
時代的に「機械」がコンピューターに変わり、チューリングがチューリングテストを提唱したことで、「人工知能」は「対話可能であること」が重視されるようになりました。
しかし、コーエンはそれとはまた違った方法で、アーロンという「画家の人工知能」を作り上げました。
多くの人が、アーロンが絵を描いているのを見て「考えている」と感じるようです。
対話は行っていませんが、多くの人が知性を感じれば、それは知性があるにほかならない。
コーエンは、アーロンは「多くの人に考えていると感じさせることで、チューリングテストには合格している」と言っています。
事実、2000年ごろには、米国人工知能教会の会長も「現時点での最高水準の人工知能」のひとつとしてアーロンを挙げています。
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