2014年11月02日の日記です


ホビーパソコン・オフ会  2014-11-02 16:27:14  コンピュータ 歯車 社会科見学
ホビーパソコン・オフ会

ツイッターで知り合った、「ホビーパソコン興亡史」の著者さんが、10月29日に「ホビーパソコンガイドブック」という書籍を発行するという。


あー、興味あるなー、どうしようかなー、と思っていたところ、発売前から大人気で、予約だけでアマゾンのカテゴリー1位となった、と聞いてすぐ予約しました。

前著「興亡史」も気になりながら買っていなかったので同時購入。この2冊は補完関係になるように作っている、と聞いていたので、セットで持っていないと面白さが半減しそうです。


内容詳細についてはきっと他の方が書評を書くのでそちらに譲ります。

雑感としては、どちらも相当の誤りを含みます。これは著者の方も認めるところ。


しかし、30年も前の散逸した資料を、メーカーなどにも存在しないのにかき集め、整え、まとまった形で書籍にしたことが素晴らしいです。

2冊組だというのも、文字を中心とした解説と、カラー写真を中心とした図版の両面から記録に残すため。

特にカラー中心の「ガイドブック」は、ほぼ全ページカラーにもかかわらず1200円というお手ごろ価格で驚愕です。




さて、出版前からカテゴリ1位になった記念に、興味のある方で集まってお話しませんか、というお誘いがありました。

…いや、僕が誘われたわけではなく、そういう話になっているのを知って「参加したい」と割り込ませてもらったのですが。


最近主夫しているので、オフ会と言うものに参加するのが久しぶり。

妻の許可も得て、11月1日のオフに参加させてもらいました。


#昔からパソコン通信などやっていたので、オフ会自体はたびたび参加してました。

 妻と知り合ったのもネットですし。

 でも、最後にオフらしいものに出たのは10年前か…




さて、以下はオフ会の様子をアトランダムに。


非常に楽しい会でした。この会に自分が混ざっていていいのかな、というくらい「濃い」方が多い。

ホビーパソコン時代の話は、僕はリアルタイムに見ていましたが、実のところそれほどわかってないのです。


自分のページで「第2部」とする以前に紹介している機種が自分の使った機種。

学研FXマイコン、ファミリーベーシック、PB-100、MSX、MSX2、PC-E500、Handy98、X68000。これで全てです。


オフ会の元となった書籍の趣旨である「ホビーパソコン」としては、携帯機を含みませんので、ファミベ、MSX(および2)、X68kの3機種「しか」知らない、知識の少ない人です (^^;;

(Handy98 は、中古で購入して「所有」しましたが、あまり活用してません)


しかも、これらは僕にとって「過去に使った機種」なのですね。

今でも古い機械を愛し、活動を続けている方の「濃さ」も持ち合わせていない。




ぴゅう太買えや」の方、チューター(ぴゅう太の海外販売名)用ソフト初めて見ました。


PC6001mkII を持ち込んだ方、ベルーガ(2007年に発表されたPC6001の新作ソフト)のカセットテープ版の存在知りませんでした。

(特殊カートリッジがないと動かないと思ってました…6001 ではメモリの都合で特殊カートリッジが必要で、mkII では十分なメモリがあるのでテープで動く、とのこと)


FM-TownsII ノートを持ち込まれた方、非常に珍しいと聞いていましたが、実機初めて見ました。

試作器が流出した程度しか存在しない、と以前にどこかで聞いていたのですが、実際には教育用として学校などには販売されていたとのこと。

いずれにせよ、非常に珍しいです。


386~Pentium 時代のCPUを多数持ち込んだ方。

全くわかっていない僕に、それぞれの石がどのような特徴を持っていて、どんな部分が面白いのか懇切丁寧に解説してくださいました。


#自分がよくわかる CPU としては、6502 Z80 68000 V60 SH2 あたり。Intel 系は弱いのです。



一応書いておくと、僕は「当時の販促用缶バッジいろいろ」なんてものを持ち込んでました。

Apple ロゴ2種、Mac ColorClassic、Pipin とApple関係ばかりの中に、IBM JX が1つ。


この JX の缶バッジが妙に受けていましたが、そこですかさず「キーホルダーが JXです」と、鍵を出した方がいました。確かに同じロゴが。

JX なんてマイナーマシン、わかってもらえるかな、くらいに思っていたのに「普段から持ち歩いている」という強烈な反撃を食らった格好。


いや、とっても濃い世界でした。


というか、ホビーパソコン時代に合わせて考えて缶バッヂ持っていったのだけど、関係なしに変なものもってけばよかった。

これは反省点です。




宴会が始まってすぐに「こちら、ホビーパソコンのオフ会ですよね?」と飛び込み参加したZOB速水さん。


超有名人だったようで、自己紹介した瞬間に湧きました。

申し訳ない。僕は存じていませんでした。

(このあたりで、本当に当時の文化に疎いことがわかるかと思います)


でも、実は、この人が一番すごかった。僕の趣味に刺さった、という意味ですが。

年配の方で、「子供の頃にホビーパソコンで遊んでいた」多くの参加者とは違い、それを「仕掛けた」大人側の方。


今、昔の書籍を復刻する作業中…と、話の枕に名刺代わりに取り出したのが、「ざべ」。

この時点ですごさがわかります。


えーと、当時の書籍と言えば、「I/O」とか「PIO」「ASCII」「ベーマガ」などいろいろあります。

でも、「ざべ」(元はThe BASICというタイトルでしたが、表紙には「ざべ」と書かれていました)はそうした雑誌とは一線をかくしていました。


内容は、各ハードウェアの解析記事とか、市販ソフトの改造記事など。

「ハッカー」のようなゲーム改造や、コピーのための解析などと違って「高度に実用性を重視した」ものでした。


たとえば、PC-98HA は、98との互換性に十分気を使っていましたが、VRAM構造が違うという致命的な非互換性がありました。

しかし、内部ロムにはこの非互換性を「解消」するためのサービスルーチンが用意されており、それを呼び出すことで簡単に互換性が取れるようになっています。


…こうしたことを「解析記事」として紹介したうえで、実例として Vzエディタ(当時流行した高機能エディタ)を改造し、98HA 対応にしてしまう…というような記事を載せていました。



話が横道にそれましたが、この「ざべ」でアセンブラの解説記事の連載をしていた、というのです。

復刻しようとしている、という書籍は、その連載をまとめた本。


20年も前のCPU解説に意味があるのか、と思う方もいるでしょうが、最近 Intel 系のCPUが組込み機器でも使われるようになり、C言語ではなくアセンブラで、記述する必要性も増しているのです。




ところでZOBさん、前述の Vzエディタを作った c.mos さんとは旧知の仲。


ZOBさんは「ZOB Station」という草の根BBSを運営していた方で、c.mos さんもそこの常連だったとか。

そこで、ゲームを作るためにエディタを作っていたのが、エディタだけで十分すごいので発売したのが Vzエディタだったのだとか。



いわく、c.mos さんのプログラムは「超人的だった」。

クロック数計算をしないでどんどんアセンブラで書いていき、それが一番速いコードになっている、と言う状態だったとか。


…って話から「森田さんも同じタイプだった」と言う話に飛びます。

森田将棋や、PC88でアルフォスを作った故・森田氏。やはり知り合いで、天才だったと言います。


森田さんは大胆な省略によって高速化する手法が上手だったそうです。

森田将棋のアルゴリズムにはそうした大胆さが行かされていたし、アルフォスもそうだった、と。



森田将棋は、僕の記憶では一番古い「市販された将棋ソフト」。

研究としては1970年代からあったようですが、1985年に発売された「森田和郎の将棋」に始まる森田将棋シリーズは、その後のコンピューター将棋の研究を活発化させます。


その後、類似の将棋ソフトも出てきた時点で「世界コンピューター将棋選手権」が開催され、第2回では優勝。初回から第6回までは常に3位以内に入る、という元祖としての貫録を見せます。

大会により「目標」が明示されたことにより、次々と新しいソフトも作られ、現在はコンピューター将棋もずいぶん強くなりました。

しかし、その源流を作り出したのが森田将棋と考えてよいかと思います。

 

アルフォスはゼビウスを真似して作ったゲームですが、ゼビウスは当時「パソコンには移植不可能」と言われていました。

何よりも、当時のパソコンには「縦スクロール」を現実的な速度で実現する方法がありませんでした。

アルフォスでは、RGB別々にわかれているグラフィック画面のうち、「2枚だけ」しかスクロールに使わない、とい割り切りで高速化を行っています。

使える色数に激しい制限を受けますが、処理は2/3に軽減されます。


アルフォスは「真似をしたゲーム」であり、ゼビウスではありませんでした。

しかし、「あまりにも似すぎている」という判断で発売元のエニックスがナムコに許諾を求めます。

そして、これもナムコは「別のゲームだから許諾不要」とは判断せず、許諾を与えます。


つまり「移植不可能」と言われたもの高いレベルで再現した、と認められたのです。




ZOBさんは西和彦とも知り合いで、一緒に仕事をしようと誘われたけど、その時は断ってしまった、とのこと。


返事一つで億万長者だったのにねー、と悔しがるそぶりを見せながら、それほど悔しそうではありません。

十分に面白そうな人生を歩んでおられる。




さて、この方が「面白いものを持ってきた」と取り出した1枚の基板。

これ、個人的には今回一番の目玉でした。


Intel4004 の評価用テストボード。


4004 は、世界初の「CPU」です。

1971年に出荷され、まずはビジコン社の電卓に使用されます。


これは、4004の開発を持ち掛け、ほぼすべての回路を設計したのがビジコンだから。

インテルは「製造担当」にすぎませんでした。

…と言っても、現実には設計にもかなり関与していますし、共同開発と言ってよいです。


契約上はインテルは製造のみの担当なので、ビジコンが独占的に使用するはずでした。

しかし、開発費がかさみ過ぎたため、ビジコンはインテルに権利を売却。インテルから「一般に」発売されます。

ビジコンはその採用第1号となっただけ。


4004 は最初の CPU ですから、当時新しすぎて使い方などが理解されませんでした。

設計依頼したビジコン「だけが」使えたといってよい状態。


それでは困りますから、インテルは開発者が実際に回路を組んで CPU 動作が学べる「評価用ボード」を発売しました。



ビジコンの電卓は、一般に発売されたためそれなりの数があります。

国立科学技術博物館にも保存展示されています。


それに対し、「評価用ボード」は開発者向けに出荷されただけで、一般販売ではありません。

そのため非常に珍しく、インテル純正の「リファレンス基板」としても価値があります。


ちなみに、搭載された 4004 も白いセラミックパッケージの比較的初期のもの。

後期になると黒いパッケージになります。この点も価値がある。


ただ、このボードの発売自体が 1973 年だったようで、1971年のビジコンの電卓で使用されたパッケージとも違うようです、



…と、この基盤が出されたときに僕は水を得た魚のように活き活きしてました(笑)

Townsや6001の話では「聞き役」に徹していたのですけどね。


写真を撮る方に、CPU 横に書かれた 4004 の表記、RAM部分に書かれた 4002 の表記、端に書かれた Intel ロゴあたりが「見所」と解説。


…それはいいんですけど、僕自身が全体写真を撮れていないと、会が終わった後で気づきました。

何やってんだ。


#一応全体写真は撮ってあるのですが、撮影角度の問題で 4002 の文字が見えないのです。

 4002文字部分の拡大写真などは別途あるのですが。



「4bit って、アドレスも4bit だったの?」などの質問が僕に飛んできましたが、まさか 4004が出てくると思ってなかったために下調べしておらず、十分に答えられませんでした。


この場を借りて、概略の解説。


アドレスは12bit 、レジスタは 16本ありました。

16本は2本づつが「ペア」になって、8bit としても使えました。


ここら辺、のちの 8080 で、8bit レジスタをペアにして 16bit 演算ができたのと同じです。

命令は 4bit ですが、オペランド部分は 4bit ~ 12bit の可変です。



型番「4001」の ROM をメインメモリとして使用し、基本的にはレジスタのみで演算を行いますが、型番「4002」の RAM にデータを保存することもできます。


4002 は I/O 空間に接続されているため、「メインメモリではない」のがミソ。

電卓用途を考えていたので、プログラムを収めるメインメモリはすべて ROM です。


メインメモリに RAM がないのでスタックもありません。

でも、プログラムカウンタ自体が4本あり、3段までのスタックを形成します。

このため、サブルーチン呼び出しは可能でした。


4003 は電卓キーボードや表示部との橋渡しで、キーボードが押されたときに、4004 の TEST ピンに電圧をかける役割を持ちます。


TEST ピンは割り込み線ではありませんが、内部フラグを変化させ、このフラグを使って条件ジャンプが可能でした。

キーボードのアクセスは遅いのですが、事前に「入力の有無」程度は確認できることになり、効率よくプログラムを動かせます。


で、4004 は CPU 。

「4bit だから 4004」なのではなく、4000 シリーズと言う LSI の4番目の製品なのです。


#8008 は、「4bit から 8bit に拡張したから 8008」です。


詳細は、過去に書いた「4004の発売日」を参照してください。



この基盤、「CPU なんだから、動かさないと意味がない」とのことで、復活プロジェクト中だそうです。

ROM 部分がソケットになっているのだけど、できることならそこに刺すROMも当時のものにしたい、でも入手するあてもない、という状況らしい。


すごいなぁ。楽しみに続報を待ちます。


2014.11.4追記

このボード、Intellec4 の物かなーと思っていたら、どうやら違う様子。


Intellec はインテルが作成し、開発者向けに市販した評価用の基板です。

一応「コンピューター」として完成できるようになっていて、スイッチを使ってデータを与えたり、ランプの点滅で結果を返したりできます。


Intellec4 は 4004 で、Intellec8 は 8008 。

世界初のパソコンとされている、Altair の祖先みたいなもの。


Youtube に、Intellec4 の解説ビデオがありました。

内部基板なども映っているのですが、見せていただいたものとは異なります。



Intellec4 の基板に書かれた年号は「1973」で、見せていただいたボードと同じ年です。

同時期に類似目的のボードを複数作っていた、というのも不思議です。

(まぁ、目的は少し違うようにも思いますが)


本当にかなり珍しいものの様子。なんなのだろう…


以上、追記終り。




さて、オフ会の最後に、じゃんけん大会がありました。

秋葉原の「家電のケンちゃん」の方が、オフ会があると知って賞品提供を申し出てくれたのだとか。


賞品、PC6001とFP1000の交換用キーボードの「新品」。

数か月前に、急に店頭に並んで話題になりました。なんで30年もたって新品が出てくるのか、と。


取り壊す倉庫があって、中に置かれているのはもうゴミばかりだろう…と整理していたら大量に見つかったのだそうです。


もう「品切れ」となっていて、再入荷の予定も当然ない、とアナウンスされている…のに、少し残っていたのですね。

どうやら、このじゃんけん大会が入手の最後のチャンスのようです。



PC6001のキーボードは、2つしかなかったのに欲しい方多数。

これは、PC6001で現在も活動している方に譲るのが筋。


FP1000のほうは、5つありましたが特に欲しい方がおらず…

貰えるならもらう、と手を挙げましたが、全部で4人。定員割れ(笑)

じゃぁ、ともう一人手を挙げたので全部貰われましたが、もらった人全員が「なんにつかうんだろう」と首をひねる状態。


僕電子工作できないから、有効活用できる方がいらっしゃいましたら譲ります。


#一方で、Arduinoに挑む良い機会かとも思っている。



2014.11.4追記

その後、参加者のツイッターでのつぶやきをまとめることで会の雰囲気を伝える「まとめ」が作られました。



ついでなので見ながら思い出したことを追記。


0次会について、上に書いた日記には書きませんでしたが、実は「早めに行くので0次会しましょうよ」と言い出したのは僕だったり (^^;

時間が合わなくて来られない、という方がいたのですが、ぜひお会いしたかったので持ち掛けたのです。


本の著者で、今回のオフの主催者の前田さんは、「0次会は5名程度」と考えていたようなのですが、当日蓋を開けてみれば、16名と言う大所帯。

(1次会と言うか、本来の会は26名でした)


こちらでは、みなさん「本番に向けてネタを控えて」いたようで、それほどとんでもないものは出ていません。

書籍編集の苦労話を前田さんから伺うなど、なかなか楽しい会ではありましたが。



えーと、先に日記まとめた際には「書かない方が良いかな?」と思っていたのですが、今見たところ、当人が隠していないので書いてしまいます。


紅一点、女性の参加者がおられました。こんなおっさんホイホイの集まりに。

そして、女性らしい心遣いで、前田さんに「出版おめでとうございます」と花束を…


おー、すごく当たり前の心遣いなのに、おっさんどもは誰一人その「お祝い」をしてなかった。

みんな「書籍買いましたよ」とサインを求めることが、最大の賛辞だと思ってました。



この方、「他の女性参加者が無い」と悲しんでおられました。8bit パソコン時代の話題が出来る女性って少ないですからね。


妻に伝えたら「今度あったら私も行こうか?」と言ってました。

でも、子供いるから二人同時参加はできないですわー (^^;;


#妻はこういう話普通についてきます。

 僕が教えたのではなくて、元々興味があったから付き合いがはじまったの。


#ところで、妻は「女だと知ると、急にちやほやしてくる奴がいてウザイから」という理由でネット上では性別隠してます。

 それが、当初「参加者に女性がいた」ことを書くのをためらった理由です。



同じテーマの日記(最近の一覧)

コンピュータ

歯車

社会科見学

関連ページ

マイコンインフィニットPRO68K【日記 15/05/05】

別年同日の日記

01年 11/1

12年 最近のうちの子

17年 引っ越し作業

18年 マイルドハイブリッド

18年 アイドリングストップ

18年 イグニスの修理終わりました


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています


戻る
トップページへ

-- share --

8000

-- follow --




- Reverse Link -