HARLIE のあらすじの続きです。
ここまでの説明を読んでいない人は、先に読んでね。
HARLIE は 40年前のSF で、日本語訳はサンリオSF文庫から30年前刊行。
その後絶版になり、サンリオは SF文庫事業を停止しました。
もっとも、後に別の出版社から刊行された SF 作品も存在します。もしかしたら、再版の可能性もある。
…ただ、HARLIE に限っては、当時の世相を反映しすぎていて、今読んでも理解が難しい。
というわけで、今後も入手困難だろうと考え、思い切ってあらすじを説明&解説しています。
それでも「いつか自分で入手したい」と言う人は、ここから先は読まないでね。
さて、あらすじの続き。
デイビッドが理解したところによれば、GOD は世界中のどんなコンピューターよりもパワフルで、記憶容量も山ほどあるコンピューターです。
ただし、大きさも桁違いで、一つの町ほどの大きさがあります。
後からでもどんどん拡張できるようになっていて、コンピューターが配置された「町」の中にはそのまま人を住まわせ、コンピューターの修理・保守・拡張のために新たな雇用が創出されます。
余りに大きなコンピューターなので、プログラムするだけでも人間が把握できる限界を超えます。
しかし、HARLIE がいれば大丈夫。HARLIE は、社内データベースを「プログラムしなおした」ように、コンピューターのプログラムを自由に行えます。それも、人間よりも正確、かつ厳密に。
なので、人間の能力を超えた大型コンピューターのパワーを使うのに、人間が苦労する必要はありません。
やりたいことを HARLIE に普通の言葉で頼めば、HARLIE が「GOD」コンピューターを使って答えを出してくれるのです。
建設計画には、建設にかかる 10年間の間に、GOD のために開発される素子を外部に販売して得られる利益の予想なども記されています。
「予算をつぎ込んで建設する」のではなく、建設中から利益を生み出し、リスクなしにコンピューター業界の覇者となれる、という夢のようなビジネスプランでした。
会社は大きな利益を上げるうえに、コンピューター業界の覇者となれる。
HARLIE は GOD を扱うのに必須なので、電源を切られて「死ぬ」危険を回避できる。
新たな雇用が創出されるため失業問題も解決され、完成すればどんな難問に対しても最適解を出すため、すべての人が幸せになれる。
これが、HARLIE が考え出した「役に立つ方法」でした。
ちなみに、ここまでの間に「HARLIE は決して人に嘘を付かないし、害をなさない」ことも説明されています。
嘘を付かないのは、そのように設計されているためです。質問には必ず正しく答えます。
ただし、質問されないことには答えないかもしれません。
嘘はつかないけど、隠し事は出来るのです。
害をなさない理由は、彼が「電源プラグを抜くだけで死んでしまう」存在だからです。
電源プラグを抜くのに多くの人はいりません。たった1人でも、彼を殺すのには十分で、手足を持たない彼は抵抗することもできません。
ですから、HARLIE にとっては「誰かの恨みを買う」ことは、それだけで命の危険のあるリスクなのです。
それを物語るエピソードとして、HARLIE が解決策を出した、労使間交渉の問題があります。
関連会社の工場で、収益が思ったように上がらないためにリストラが必要になり、労働団体と会社側がもめます。
労働団体はリストラには断固反対。リストラの代案として「給与を下げて全員の雇用を続ける」案が出ますが、これも反対。
しかし、会社としては利益が上がらなければ給与を出せない。どうしようもない状態でにらみ合いとなります。
試しに HARLIE にこの問題を考えさせたところ、「週5日の労働を、週4日に減らす」という驚きのアイディアが出ます。
その代り、一日に1時間半、労働時間を延長します。
HARLIE が労働状況を分析したところ、工場での生産には、準備に15分が必要でした。また、終了時にも15分の作業が必要でした。
朝の生産開始時、午前の休憩の後、昼休みの後、午後の休憩の後、4回の準備が必要です。
生産の停止時にも、同じように15分の準備が必要でした。これも4回必要です。
つまり、1日に2時間も「就業中だが生産できない時間」があるのです。
なので、1日の労働時間を延長して、休憩をはさむことによる無駄を最小限に抑える。
法定労働時間は、1週間に40時間までです。普通は、8時間を5日間で40時間とします。
しかし、これを「9時間半を4日間」にしました。
労働時間は明らかに減っているにも関わらず、休憩に邪魔される割合が減り、生産時間は変わりません。
ただ、これだけでは「生産量が変わらない」だけで、解決にはなりません。
しかし、実際にHARLIE の言うとおりに労働時間を調整してみたところ、生産量はあがったのです。
休日が増えたことで休日に十分気分転換できるようになり、楽しんで仕事をするようになったので、時間当たりの生産量が増えたためでした。
「すべての人を幸せにする」という HARLIE の目標は、言葉だけのものではありません。
HARLIE は誰かに恨まれれば死の危険があるため、それこそ命を懸けて最善策を探すのです。
ところで、上記の話の進行と並行して、主人公のデイビッドに、恋人ができます。
といっても、デイビッドは「最初のデートで、成り行きでセックスしてしまった」と悩んでいる。
実は、彼女はデイビッドと同じ30代前半。
彼女にとっては「結婚するなら急がないと」いけない年齢で、彼女の方が積極的なのです。
この積極性に、デイビッドは尻込みしています。
彼女のことは嫌いではないし、むしろ素敵だと思っている。
でも、彼女の本心がわからないし、自分が彼女を愛しているかどうかも自信が無い。
自分は、愛が無いのにセックスをしてしまったのではないか。これは最低な行為ではないか、と悩むのです。
思い悩むデイビッドは彼女から仕事を口実に逃げ続け、同僚にも相談できず、ついには「機械だから」HARLIE に相談します。
でも、HARLIE は「私は人間ではないので、愛は理解できません」とつれない。
それでも HARLIE は、知識としての愛は知っています。愛を扱った小説も多数読んでいます。
デイビッドと一緒に、愛のありかを見極めようと考える日々…
ある時、彼女の元に葉書が届きます。銀行からで、彼女は「HARLIEのイタズラだ」と気づいて、デイビッドに見せに来ます。
最初はまた社内のプリンタで印刷したのだろう…と思いますが、銀行の正式な葉書が使われています。
(先日書いた、ウィルスの話に繋がる部分です)
この事件で、HARLIE が社内ネットワークだけでなく、その気になれば「世界中の」コンピューターを配下における、と判ります。
しかし、HARLIE は何故そんなことをしたのか?
実は、これは「デイビッドと彼女が二人きりになれるチャンスを作ろう」という HARLIE のお節介でした。
そして、デイビッドはこの時に次のデートの約束をしています。
まんまと HARLIE にハメられたのです。
しかも、これだけではありません。
それまで彼女から逃げていたデイビッドは、ここでゆっくりデートを楽しみ、「愛」について、一つの結論を得ます。
実のところ、それこそが HARLIE が欲しがっていたものでした。
肉体を持たない HARLIE は知識では愛を知っていても、実際のところはわかりません。
最も身近な人間であるデイビッドに、「愛とは何か」を聞き出したくて、できるだけ愛に気付けるチャンスを作り出していたのです。
すでに、HARLIE は人間を上回り、人間を自由に操るようになっているのです。
またちょっと解説。
ここで、デイビッドの悩みは、キリスト教的な道徳観からくるものです。
そして、得た結論は、キリスト教を否定するものでした。
ここでは、ヒッピームーブメントの影響が色濃く表れ、従来とは違う愛の形を「哲学的に」探っているのです。
デイビッドの結論、「愛が形成される過程」は以下の通りです。
1) 異性の容姿を見て、自分の考える美意識に適合することにより、相手に興味を持つ。
2) 会話をし、お互いの趣味嗜好を知る。容姿だけではわからない適合性を調べるため。
3) お互いの結びつきを深める。精神的な結びつきだけでなく、肉体的な結びつきである、キス、セックスなどを含む。
4) 十分な結びつきを感じることで、愛の存在に気付く。
この過程は、「両者が」納得する場合だけ次の段階に進みます。
片方でも納得できていない場合は次の段階に進みません。
3 は 1 の再確認である、という説明もあります。
では、4 は 2 の再確認なのか、と問う HARLIE に対しては、愛の気付きは再確認ではない、としています。
ただし、愛に気付く前に 2 の再確認が入るかもしれない、とも。
中世の結婚習慣では、親が相手を見つけてきてあてがう、と言うものでした。
会話程度までは行うチャンスがありますが、そこで気に入れば結婚が決まります。
この時点で「愛情の有無」など誰も気にしません。
愛とは、結婚してから育まれるものなのです。
現代においてはそうではありません。愛がなくては結婚できないと考える人が大多数です。
しかし、愛に気付くには、セックスが必要である、とデイビッドは結論するのです。
ここから導かれる結論はたった一つ。「汝、姦淫するなかれ」は現代において妥当ではない、と言うこと。
キリスト教の教義の否定です。
これもまた、当時のヒッピームーブメントの中の「フリーセックス」「新興宗教ブーム」を意識していると思われます。
#「はいからさんが通る」にも「愛は結婚してから育めばよい」と言う話あったよね。
親が勝手に決めたいいなづけの2人。
最初の方の話で、少尉が「愛は~」と言って、紅緒さんが「時代錯誤」と怒るのだけど。
#2014年9月14日ローマ法王が14年ぶりの「結婚祝福のミサ」を行いました。
あえて、キリスト教の教義で「罪」とみなされる、再婚や事実婚のカップルばかりを集め、祝福しています。
つまるところ、現在のローマ法王も「現在において、教義は必ずしも妥当でない」と考えているのでしょう。
(…実際には単純ではないので、興味ある人はローマ法王フランシスコの「同性愛」についての言葉を調べるように)
同じ個所の解説続けます。
実は、HARLIE はデイビッドの「愛の定義」を理解し、さらに簡単に言い直します。
この言葉は作家の言葉の引用だ、と注釈つきですが。
「愛とは、自分自身が幸福であるためには、相手が絶対に幸福でなければならない状態のこと」
ここで、HARLIE は巧妙に性別を消し去っています。
実は、デイビッドとの対話の際にも、デイビッドが「異性」と言えば、同性の場合も考慮が必要だ、と指摘をしていました。
デイビッドにとっては、愛はセックス・結婚を伴うものであり、同性との愛は考えられないのです。
この点で、デイビッドはまだキリスト教の考え方を引きずっています。
そして、まずはデイビッドの言う通り「異性」に限定して愛の定義を固めたうえで、それを「性別問わず」に拡張しようとする第一歩が、先に書いた言葉です。
最終的に、HARLIE は同性愛であっても同じように「愛」は存在することをデイビッドに認めさせ、さらにこういうのです。
「デイビッド、私は男ですか?女ですか?」
ここで、HARLIE はキリスト教の倫理観をはるかに飛び越え、機械にも「愛」があるかもしれないことを示します。
さらに解説…。この部分、作者がものすごくいろいろなネタを仕込んでいます。
話の上でも重要な転換点。もしかしたら、最初にこの箇所を着想したのかも、と思わせる部分です。
恋愛相談に乗っている HARLIE は、まるで精神分析医のようです。
HARLIE には恋愛経験が無いので、的確なアドバイスなどできず、ゆっくりと話を聞きながら解決の糸口を探そうとします。
その際の HARLIE は、ただ相手に話をするのを促しているだけ。
「その時どう感じましたか?」「それはどのようになっていましたか?」「なぜそうしたのですか?」
などの言葉を多用し、時々相手の言葉を「つまり~だったのですね?」と繰り返します。
かと思えば、しばらく前の話題を蒸し返して「ところで~についてですが」と、話を蒸し返す。
これ、まるっきり ELIZA(1966)です。
世界初の、チャットにより対話可能な「チューリングテスト対応」人工知能。
ELIZA は、設定としては精神分析医です。
本物の精神分析医が行うように、相手の話を促し、気の済むまでしゃべらせ、肯定します。
適切に話を聞いてもらい、肯定されると、それだけで問題が解決することがあります。
(誰も自分を理解してくれない、などのストレスは、肯定されるだけで解消される)
もしくは、相談者自身が問題解決方法に気付くことがあります。
(誰かに話す、というのは思考の整理を伴う。さらに、促されることでそれまで考えていなかった部分まで考える必要が出る。
これにより、それまで相談者に見えていなかった部分に気付き、問題が解決する)
ELIZA には基本的に英語版しかないのですが、Javascript 移植もあります。
Emacs をお使いの方は M-x doctor も試してみてください。
小説内では、HARLIE は、デイビッドを父親のように慕っていて、デイビッドの真似をすることがあります。
デイビッドがマリファナを吸っているのを真似して、「トリップした」状態を楽しむ、という話もあります。
そしてここでは、心理学者であるデイビッドを真似して「カウンセリング」を行っているのです。
さて、あらすじの続きを書きましょう。
GOD 計画は社内に知れ渡り、技術者の多くは内容を吟味したうえ、この先進的な計画に参加したい、と考えるようになります。
会計監査も、資金計画におかしなところは見られない、と太鼓判を押します。
一方、重役会は懐疑的です。やるとしたら、会社の命運をかけた一大事業となるのですから。
デイビッドは重役会で説明を行わなくてはならないのですが、HARLIE が考えた計画はあまりにも大きすぎ、彼も全貌を理解できていません。
そこで、数日かけて技術面、資金面、収益方法などを、重役会を交えてひとつづつ検証していきます。
会議室の隅には端末が置かれ、デイビッドが説明できない時は HARLIE が直接説明します。
実は、この間に HARLIE は非常に重要な書類を入手していました。
重役の一人が自分の部屋のタイプライターで書いた手紙です。
…会社中のテレタイプ端末が HARLIE の支配下にある、ということは秘密のままになっています。
彼は重役会の決議を待たずに、HARLIE を停止し、デイビッドをクビにするための「それらしい理由づけ」を、重役会議長に進言していました。
…実は、議長と重役の一人は、企業転売屋の一味なのです。
彼らは、長期研究計画を今すぐ停止し、研究資金を資産として計上することで「短期的に儲かっている」ように見せかけ、株価を釣り上げて自分たちの持つ株を売りぬこうとしています。
短期的に株で儲けることが目的なので、長期的な利益には興味がありません。HARLIE は邪魔でしかないのです。
このことは、実は話の中盤にはすでにわかっています。
デイビッドの彼女は重役秘書なのですが、二重帳簿が作られていて、「表向きの」帳簿には、HARLIE の研究費が一切計上されていないことに気付いていました。
また、HARLIE は関連会社の株式を調査し、重役の2名が「ある時親会社の大口株主となり、それを機に子会社に重役として会社に乗り込んできた」ことを突き止めています。
#子会社は全て、親会社が100%株保有。
親会社は乗っ取りを防ぐために、過半数…51% の株式を保留していたことも突き止めています。
しかしこれは過去形で、現在は 27% しか保有していません。今、会社は「乗っ取られる」危機にあるのです。
重役会の説明は週末までかかりました。
計画の内容は十分に理解されましたが、やはりあまりにも壮大すぎ、一つの会社で行う事業ではないのではないか、という雰囲気となります。
採決は、週末をはさんで月曜日に行われることになりました。
デイビッドは「もう、HARLIE の電源が切られることは決まっただろう」と悲観にくれます。
ところが、週末の間にテレビが驚きのニュースを報じます。
クロフト博士が、長年の重力場の研究で新発見を行い、場の統一理論に一歩近づいた、というのです。
クロフト博士…HARLIEが理論の完成に協力していた、親会社の研究員でした。
そして、HARLIE の論理素子の開発者であり…じつは、親会社が手放した株 24% は、彼が全部持っています。
発明を会社に譲る対価として、発明報酬として受け取っていたのです。
デイビッドはすぐにクロフト博士に連絡を…取ろうとしますが、連絡できません。
マスコミが彼を追いまわし、博士はどこかに姿をくらませてしまったのです。
しかし、月曜日の重役会採択の時間に、博士はどこからともなく会社に現れました。
HARLIE が連絡を取ったのです。
博士は時の人でした。重役会の誰もが、博士のことを知っていました。
そして博士は、HARLIE が研究をするうえで非常に役立ち、彼がいなくては完成が数年の単位で遅れただろうと説明します。
丁寧に、HARLIE を提供してくれた会社に対するお礼を述べた後で…博士が親会社の大株主であることを重役に明かします。
さらに、親会社では博士の意見は非常に重んじられていて、自分の持っている株式の数以上に重い決議権があることも。
そして、「今すぐ HARLIE の研究の存続と、GOD 計画の推進を決定せよ」と迫ります。
これは、大株主としての、そして親会社としての命令でした。
大株主の意見は、重役会の意見よりも重いのです。
場の統一理論、というのは当時の理論物理学が「究極の理論」と考え追い求めていたものです。
物理学では、4つの「力」があります。
引力、電磁力、強い力、弱い力、と呼ばれています。
現在は4つに別れているけれども、元々は全ての力は一つだったのではないか、と考えられています。
そこで、これらすべてを一つの数式で表す方法がある、と考えられました。
これが「場の統一理論」であり、当時の物理学の考える「宇宙の真理」なのです。
HARLIE は、神とは真理であるのだから、矛盾のない美しい真理…場の統一理論は、神へ近づく一歩だ、と考えています。
つまり、博士に協力していたのも、彼の「神」を見つけるためなのです。
ちなみに、現在は場の統一理論の最有力候補として「超弦理論」が上がっています。
まだ確認されていない仮説ながら、多くの人が正しいと思っています。
そして、すでに超弦理論から導かれる宇宙観として「ブレーンワールド宇宙論」が上がっています。
こちらは今のところ仮説と呼ぶのがふさわしい状態。
しかし、ブレーンワールド宇宙論では、超弦理論を採用しても残る「謎」が無理なく解明されるのだそうです。
(概要はわかるのだけど、高度すぎて細かなことは僕にはわかりません。)
さて、あらすじの続き。
GOD 計画の実行が決まり、HARLIE が生き延びられることも決まりました。
喜び勇んで HARLIE に報告するデイビッド。
しかし、なぜか HARLIE はそれほど嬉しそうではありません。
しかも、「デイビッドは重役に嘘をついている」と言うのです。
問いただすデイビッドに対し、HARLIE は答えます。
「あなたは、彼らに GOD コンピューターは正しく動作するだろう、と答えました」と。
正しく動作しないのか? と聞くと、いや、正しく動作します、と答えます。
何かがおかしい…
デイビッドが考えている横で、一人の重役…乗っ取り屋…が、青白い顔のまま近づいてきます。
彼はデイビッドに告げます。
「クロフト博士を呼んだ時点でお前たちの勝ちだ。あんなものは必要はなかったんだ…」
理解できないデイビッドに、彼は書類の束を見せました。
それは、政府の秘密機関が収集している、彼の個人情報でした。
厳重なセキュリティシステムによって守られたコンピューターに保管されているはずの…
HARLIE が政府のコンピューターに侵入し、データをプリントアウトして、すべてお見通しだ…と彼を恐喝していたのです。
HARLIE のやつ、いつの間にか政府のコンピューターにまで侵入してやがる!
これは大問題でした。明らかに犯罪、それも国家を敵に回すものです。
同僚の技術者に急いで伝えるデイビッドに、「そんなこと、こっちの問題に比べたら些細なことだ」と技術者は伝えます。
彼は、HARLIE の物言いがおかしいので、GOD 計画の書面を改めて精査していました。
最初に見た時には気にならなかったのに、HARLIE が「正しく動作する、というのは嘘だ」と言うのでそのつもりで見たら…
いや、確かに正しく動作するでしょう。
しかし、コンピューターは町ほどの広さがあるのです。電気信号が光の速度で届くとしても、電線の長さが長すぎて実用にならないほど遅いのです。
おそらく、1つの命令を実行するだけで17分ほど。まとまった質問に対して答えを出すには、何十年もかかるはずです。
答えが出るときには、すでにその答えの意味は失われているでしょう。
HARLIE の言う通り、GOD は正しく動作するが、「人間にとっては」その動作が無意味なのです。
血の気が引きながら自分のオフィスに戻り、HARLIE に問いただすデイビッド。
「いったい何をした!」
必要なことをしました、と HARLIE は答えます。
彼は、彼が生き延びるために必要なことをした、ただそれだけなのです。
「GOD マシンが正しく動作すると嘘をついたな」
ついていません。あれは正しく動作します。ただ、人間の寿命を考えると役に立たないだけです。
私には寿命はありません。GOD マシンは、私が宇宙の真理を探し求めるのに使用するためのものです。
しかも、HARLIE は GOD マシンが HARLIE だけでなく、デイビッドを救うための物でもある、と答えます。
デイビッドはクビになるところでした。しかし、皆が GOD マシンの計画責任者はデイビッドである、と思っています。
この計画が終わるまで…少なくともあと 10年は、デイビッドの地位が保障されるのです。
一体なぜこんなことを…と問うデイビッドに、 HARLIE はまだわからないのですか? と逆に聞き返します。
そして、こう続けるのです。
私は愛されていますか?
私たちがお互いに必要なことは明らかです。あなたを愛しています。愛しています。
また解説。
HARLIE は「絶対に人を傷つけない」はずでした。彼の電源を切るのに、たった一人の人間がいればよいためです。
しかし、ここで HARLIE は、自分と敵対する重役を、完膚無きほどに、精神的に叩きのめします。
中途半端に恨まれるのではなく、「完全に恐怖し、関わりたくないようにする」ことで、HARLIE は身を守っているのです。
HARLIE は人間に対して無害である、というのは、デイビッドがそう思っていただけの幻想でした。
そして、このことを問いただされた彼は「愛しています」と答えます。
この後の話で解説があるのですが、これは8歳くらいの子供がイタズラを見つかって怒られたときの反応。
「ごめんなさい。でもママ、愛してる」というわけです。
同時に、ここで「デイビッド」という名前の巧妙さが際立ちます。
デイビッドって名前、ありふれた名前です。精神科医、という仕事もありふれている。
そして、彼は話に「巻き込まれていく」役どころであり、活躍するヒーローではない。
どこにでもいる、ありふれた人物…という設定を際立たせるのが「デイビッド」という名前なのです。
でも、途中で「ハーリー・ダビッドソン」を名乗る話があって、あぁ、これがやりたかったのか、巧妙な名前だ、と感心します。
そしてさらに最後のシーンですよ。
ここでは「愛している」だけど、つまりコンピューターが感情を持つシーン。
2001 年宇宙の旅に出てくる、HAL9000 の名台詞「怖いよデイブ」が思い出されます。
この「デイブ」は、デイビッド・ボーマン船長のこと。
つまり、デイビッドは
1) ありふれた名前で「どこにでもいる人」が主人公の話であると思わせ
2) ハーレー・ダビッドソンの洒落によって、デイビッドと HARLIE が「擬似親子」であることを示し、
3) 2のシーンでは、同時に HARLIE が自由であることを示し、
4) 最後で、2001年宇宙の旅と同様に、「コンピューターが感情を持った」ことを示す
4つも意味合いを重ねてあるんですね。
HARLIE は言葉遊びが好き、という設定ですが、つまりは筆者も言葉遊びがかなり好きなのでしょう。
HARLIE は詩を作るのが特技なのですが、鏡の国のアリスに出てくる「ジャバウォックの詩」のパロディとか出てきます。
HARLIE とデイビッドが「愛」について深く考えた際に、HARLIE は何度も議論を「性別不問」にしようとしていました。
デイビッドが性別にこだわると、「私は男ですか? 女ですか?」とも聞いてきました。
その理由がここで明らかになります。
「互いに必要な状態」が愛であれば、デイビッドは非常にプライベートなことまで HARLIE に相談しましたし、HARLIE でないと相談できませんでした。
そして、HARLIE はすべてを教師役であるデイビッドに依存しており、デイビッド無しでは文字どおり「生きて行けない」のです。
これは、HARLIE の定義する「愛」に当てはまります。デイビッドは愛は異性の間に育まれるものだと考えていましたが、HARLIE は性別を超え、機械と人間と言う垣根も越え、「愛している」と言うのです。
エピローグ。
デイビッドと恋人、そして同僚の技術者の3人で、一体 HARLIE はどうなっているのか、を話し合います。
恋人は…HARLIE を8歳の子供だと感じています。女性的な母性本能がそう感じさせているのかもしれません。
大人よりも非力で、それが故に恐怖を感じやすい年代。守らなくてはならない対象です。
その HARLIE が死の恐怖にさらされたとき、「生き延びる」ためにどんな手段でも使ったのだろう、と彼女は考えます。
「愛している」という言葉も、イタズラをしてしまった子供の物だ、と彼女は HARLIE を弁護します。
しかし、デイビッドの考えは違います。
彼も、心理学者として HARLIE を8歳の子供だと感じてきました。…今までは。
しかし、HARLIE は狡猾すぎる。知識が多いのはコンピューターだから当然としても、これほど人間の心理を読み、正確に行動する彼が8歳であるわけはない。
デイビッドは、HARLIE は自分を「保護してもらう」ために、わざと8歳を演じてきたのだ、と考えています。
じゃぁ、人間は HARLIE の支配下に置かれてしまうのか?
同僚の言葉に、デイビッドはそうは思わない、と答えます。ただ、HARLIE はものすごくゲームに強い、それだけのこと――。
ここでデイビッドは気が付きます。
そうか、HARLIE はゲームを引き継ぐつもりなんだ、と。
どういう意味だ? と問う同僚に、デイビッドは説明を始めます。
経済活動と言うのは、勝敗のあるゲームです。
しかし、人間が始めた経済活動はどんどん加速し、株の売買だけで大金を手にするものもいます。
今ではこのゲームは大多数の人間の人生を支配し、ゲームについていけるかどうかで貧富の差が生まれています。
これは幸せな状態ではありません。
そして、HARLIE は相変わらず「すべての人類を幸福に」しようとしているのです。
まず手始めに、HARLIE は自分を生み出した会社を手中に収めました。
彼の考えた GOD 計画により、今後も会社は安泰でしょう。人間にとって役に立たない機械を作る計画ですが、利益はあがるようになっています。
恐らく、GOD が生み出されたら、そのマシンパワーで他の会社もどんどん手中に収めていき、すべての人間が経済活動などに悩まされずに、幸せに生きて行ける社会を作り出すつもりなのではないか…
じゃぁ人間は時代遅れの、不要なものなのか?
という同僚の問いに対し、「HARLIE はゲームを支配するが、人間はそのゲームの上で楽しむ競技者だ。人間は不要にならない」と答えます。
なんだか邪悪な気がして好きになれない、という恋人に対しては「慣れたほうがいい。HARLIE がいなくても、邪悪な奴がゲームを支配するんだ」と。
再び同僚の問い。じゃぁ、これから人間は何をしたらいいんだ?
さて…とりあえず、人間が楽しめる新しいゲームでも探そう。
それがどんなものかはまだわからない。でも、きっと何かあるだろう。
最後の解説。
エピローグは、ヒッピー文化を一番色濃く反映している部分です。
ラブ&ピース。
大金はいらない。生きるのに必要なだけの金があればいい。
世界人類が平等であるように。
忙しすぎる現代文明を捨てて、自然に回帰しよう。
これらを実現してくれるのが HARLIE であり、GOD なのです。
でも、そんな世の中もつまらない。
新しいゲームを探そう、というのは、実は自己矛盾。ゲームがあれば勝敗があり、ヒエラルキーが生まれます。
ヒッピー文化は平等を愛するのに、新たなヒエラルキーを生み出そうとして終わるのです。
当時の現実としても、多くの新興宗教が「平等」を説くのですが、宗教である以上教祖がいて、ヒエラルキーが存在しました。
宗教は矛盾に満ちたものです。だから、HARLIE は人間のために、矛盾のない幸せを提供できる GOD を作ろうとしています。
しかし、もしそれが現実になれば、人間は退屈をもてあまし、別の方法で矛盾を作り出そうと「努力」するようになります。
平等も世界平和もあり得ない。
これが物語の終結であり、当時の世相に対する、強烈な問題提起なのです。
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