毎年恒例、高校友人との花見に出席。
今年は横浜市児童遊園。昔はここでやっていたが、最近別の場所になっていたので、古巣に戻った感じ。
子供が風邪ひいた、と言う直前キャンセルが2家庭。
結果として、僕と同窓の知人の家族、そして元部活顧問の先生夫妻の、3組だけの出席になった。
少し寂しいが、久しぶりに会ってゆっくり話ができた。
子供たちも楽しかったようだ。
家に帰ってから、長女の質問。
「お花見っていうけど、花は沢山あるのに、なんで桜じゃないといけないの?」
なかなか良い質問だ。
これに答えられる大人はどれほどいるだろうか?
諸説あるし、僕の知っているのも一説に過ぎないが、自分の日記に書いたことは無かったようなので書き留めておこう。
座るときに、「あぐらをかく」ことがある。
馬に乗る場所を「くら」という。
これらの言葉の「くら」とは、座ることを意味する。
また、単に一時的に座るだけでなく、長い時間とどまる意味合いもある。
「くらす」(暮らす)といえば、同じ場所に長期滞在して日々を送ることだ。
ここで、サクラとは花の名前ではなく、木の名前だ。
「さ」という名前の神様が来て、そこに居座る木。
日本の古代信仰では、神様が木に宿ることは多い。
というか、依代(よりしろ)と呼ばれる、一時的に乗り移るものがないと、神様は人前に来ることができない。
神様は見えないが、依代に憑依することで、人前に姿を現すことができるのだ。
正月に飾る門松も、冬でも青々として元気な松を、神様(この場合は年神様)の依代とするものだ。
さて、「さ」の神様は、農業の神だ。
「さ」は古い発音で、現代では「た」、つまり「田」を意味する。
正月に来る年神様と違い、農業の始まるころにやってくる。つまり、春になるまで来ない。
「さ」が「さくら」にやってきたとき、さくらは「さ来」(咲く)。
昔の人は、自然の変化に敏感だった。
さくらが盛大に咲いた年は、稲が豊作になりやすいと経験則で知っていた。
現代の科学でいえば、サクラが咲くのは春先からの積算温度と関係がある。
蕾ができる前年の秋と、春先からの気候が共に穏やかであれば、そのまま穏やかな気候が続くと期待される。つまり、稲の発育にもよく、豊作となる。
「桜が綺麗に咲けば豊作」というのは、科学的にも正しいものとなる。
人々は「さ」の神様にお祈りをすれば、もっと綺麗にさくだろう、と期待した。
そして、桜が咲く季節というのは、寒い冬が終わって、しかしまだ本格的に農業は始まらない、一息つける頃だ。
ここに、神様にお願いをする…とともに、皆が楽しむ「祭り」がおこる。
祭りでは、今年の豊作を祈願して、神様にお酒と肴をふるまう。
ちなみに、酒は古語では「き」と言った。今でも、神様に献上する酒を「お神酒」(おみき)と呼ぶ。
「き」の中でも、「さ」に献上するものは特別に「さき」と呼んだが、後に音が変化して「さけ」(酒)となっている。
そして、「な」はおかずの意味だ。
酒にあわせる「な」を「サカナ」と呼ぶ。
古代の日本では一番重要なおかずは、良質な動物性たんぱくの取れる、魚だった。
だから、「サカナ」には大抵、魚が使われる。今では発音まで同じになっている。
重要なおかず、と言う意味で、昔は魚のことを「マナ」(真ナ)と呼び、これを調理する台を「マナ板」と呼んだ。
また、マナ以外のナ(副菜)には、大抵野草や野菜が使われる。今でも「菜(な)」と言えば、食べられる植物の意味となる。
日本の古い宗教では、お供え物は、供えた人々がお祭り(お祈り)をしている間に神様がいただく。
そして、終わった時にまだ残っていた分に関しては、祭りの参加者が残らず食べることになっている。
神様が残したのは、皆に分け与えるためなので、残すのは神様の好意を無にし、機嫌を損ねる行為となる。
#余談だけど、これ、墓参りなどでもマナーです。お墓にお供え置きっぱなしで帰る人がいるけど、野犬の餌になってしまうので必ず食べるか、持ち帰りましょう。
お供えは「上げる」、つまり目上の方(ここでは神様)に対して献上するものだ。
しかし、神様はそれをあえて残し、皆に分配する。こちらは「下げる」ものだ。
ここで、お供え物を「ササゲル」(捧げる)という言葉が生まれる。「さ」の神様に対し一旦献上して、「さげる」ことが前提となっている。
そして、おさがりを皆でいただくのだが、ここでいう「皆」には、神様も含まれる。
お祈りをしている間は、陳情受付と陳情者、というビジネス関係だ。
でも、ビジネスタイムが終わったら無礼講。
関係者みんなで酒を飲んで仲良くなる、というのは現在でも続く日本人の仕事のやり方だ。
そこで、満開の桜の下で、皆でご馳走を食べながら酒を飲むことになる。
この酒宴は、神様も一緒にいるものなので、神様に満足してもらえれば大成功だ。
余興なども出し合い、笑い合えれば一番良いものとなる。
ちなみに、食べ物は力の源だ。
神様が食べたものを皆で一緒にたべる、ということは、神様の力を皆に授けることでもある。
稲を豊作にする力を持つ神様の力を皆ももらい、これから農業を開始する。
これは、非常に重要な儀式でもあった。
古代の人々にとって、神様は神頼みするような存在でも、天罰を与えるような存在でもなかった。
力を借りることはできるが、その力をちゃんと使えるかどうかは、自分次第。
神様がいても努力は必要。でも努力しても及ばない部分(天候など)だけは、神様に頼むしかない。
天は自ら助くる者を助くのだ。
以上が花見の起源についての一説だ。
さ来(咲く)、さ下げる(捧げる)、さけ(酒)、さかな(魚)…
など、花見に限らず、この神様がいかに信仰の対象だったかよくわかる言葉が残っている。
漢字も違うし、こじつけじゃないかって?
田神(さがみ)信仰は漢字の伝来よりも古いもので、そこで生まれた日本語の古語に、後から中国語の意味に従って漢字をこじつけたのだ。
だから、「こじつけ」ではあるが、その関係は逆となる。
音が近いものが元々近い意味で、漢字が違うのは後からこじつけたからだ。
ちなみに、この行事の後、旧歴5月ごろから農業が本格的に始まる。
この月は「さつき」(「さ」の神様がいる月)と呼ばれる。
「さ」の神様は、桜に来た時には花を咲かせて知らせ、その後は葉を茂らせる。
農業が終わり、冬になるころには帰ってしまうので、葉は全部落ちる。
「さ」の神様は、農業のない時期は山にいる。
人々との仕事が終わり、自分の世界に帰った神様は畏れ多い存在だ。近寄ってはならない。
(冬山は厳しく、遭難することがあるための戒めでもあるだろう)
「さ」の神様の支配する領域を「さかい」(さ界)と呼び、現代では「境」、領域を隔てるラインの意味となる。
間違えて入らないように、物理的に境を区切るものを「さく」(柵)と呼ぶ。
恐らく、日本人はもともと桜が好きだったのだろう。
数ある花の中で、農業と密接に結びつく花はいくつかあるが、特に桜が好まれて神様にされ、神様であるがゆえにますます好きになった。
いつしか信仰は廃れたが、春に花見をする習慣だけは残り、今でも受け継がれている。
同じテーマの日記(最近の一覧)
別年同日の日記
申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています。 |