今日(11/4)はチャールズ・カオ博士の誕生日(1933)。
2009年のノーベル賞受賞者です。光ファイバーの研究を行い、実用化した功績が授賞理由でした。
実際、現在は光ファイバが非常にいろいろなところで使われています。
電話なんかは、基幹線は1990年ごろには完全に光ファイバに置き変わっていたはず。
各家庭まで光ファイバを引こう、という FTTH (Fiber To The Home) は1990年代後半のキーワードになっていましたが、最近では当たり前すぎてわざわざ言わない状態。
(先日、街中で見た工事作業車に「FTTH 工事中」と書かれていて懐かしさを感じました)
ガラスや水を使えば光を導ける、という原理自体は、古くから知られていました。
また、これを使って通信を行う、と言うアイディアも19世紀後半には考えられています。
しかし、現実にそれを行うとなると、なかなか実用にならないのです。
実用にならない理由がなかなか特定できず、そのまま100年が過ぎます。
(この間にも改良は進み、少しづつ条件は整っていきますが、まだ実用にはならないのです)
光ファイバーは、単純にいえばガラスの棒を、非常に細くしたものです。
窓ガラスでも自分の姿を映せるように、ガラスの表面は光を反射します。ガラスの内側に光を通すと、はるか先まで届きます。
しかし、窓ガラスでは自分の姿よりも、向こうの風景が見えます。
光の角度が浅くなると全反射を行う、と言う特徴はあるのですが、そのままでは光が漏れて減衰します。
そこで、ガラスの周囲を別の種類のガラスやプラスチックで包むことで、反射率を上げます。
ガラスの裏に銀を付着させて鏡にするようなものだと思ってください。
…100年間で、この技術はずいぶん進みました。でも、遠くまで信号が届けられません。実用にならないのです。
原因の一つとして「反射を繰り返すと、光が不揃いになる」ことが考えられました。
光の速度は非常に速いのですが、まっすぐの光と、ジグザグに反射しながら進む光では、ジグザグの方が遅いです。光ファイバーの中で2種類の光があれば、出口での到達時間が異なり、信号が乱れてしまいます。
「ここに実用化できない原因がある」と考えた日本の西沢博士は、反射ではなく「光を曲げる」方法を考えます。
光は、真空では速いのですが、ガラスなどの中では遅くなります。ガラスの成分によっても速度は変わります。
そして、速度が遅い部分と速い部分が近くにあると、遅い方に引きずられて曲がります。
(1台の車で、左側のタイヤが泥に乗り上げて、遅くなったと考えてください。右側のタイヤが速く進んだままだと、左側に曲がってしまいます。)
西沢博士の考案したのは、中心を光が進むのが遅いガラスで作り、周囲を速いガラスで作る方法でした。
こうすると、真ん中を直進する光は遅くなり、周囲をとおる光は、反射ではなく「屈折」で中央に戻ろうとします。
反射の際に外側に逃げる光も減らせますし、直進する光が速すぎて足並みがそろわない問題も解決できます。
実は、この方法は現在では非常に重要な技術として使われています。
でも、西沢博士が考案した時点では、この方法は理論上の物。実際に作成したわけではありません。
特許を提出したものの(よく勘違いする人がいますが、アイディアだけでも特許は出せます)、意味がわからないと不受理になったそうです。
…と書くと特許庁に先見の明がないとか批判されそうですが、意味がわからない、と言う理由での不受理なら、特許の書き方に不備があったのでしょう。
光ファイバー研究者には当たり前すぎることを、一般人(特許審査官は、光ファイバーには詳しくない一般人です)にわかるように書いていなかったとか、あり得そうです。
西沢博士の特許出願の翌年、今日の主役であるチャールズ・カオ博士が論文を発表します。
博士は光ファイバーに使われる素材である「ガラス」の特性と不純物の関係を綿密に調査し、そこから理論を導き、光ファイバー実用化の壁は、ただ素材となるガラスの純度にのみ依存していることを示しました。
もちろん、理想的に透明なガラスがあれば苦労はしないでしょう。そんなこと誰にだってわかっています。
カオ博士の論文が注目されたのは、不純物がどの程度であれば、どのような通信特性を示すのかが綿密に計算されていたことにあります。
これで、どこまで不純物を減らせれば実用になるのかが示され、それさえクリアすれば実用化できるとわかったのです。
この後、カオ博士は積極的に企業と提携し、実用になる光ファイバーを開発しています。
実は、カオ博士の方法と西沢博士の方法は、長短を併せ持ちます。
カオ博士の方法は、長距離の伝送に適しており「通信」という意味ではカオ博士の研究無くして成り立ちませんでした。
その一方で、「反射による速度の違い」を無視できるようにするため、光が通る部分のガラスを非常に細くする必要があり、ガラスが折れやすいという問題があります。
西沢博士の方法は、長距離では減衰が多くて使えません。
しかし、光が通る部分のガラスを太くしても、反射による信号の乱れがありません。そのため屋内配線部分など、人が触り、曲げられやすい部分のファイバーによく使われています。
どちらも現代には必要な技術ですが、どちらが「光ファイバーで通信ができる時代」に貢献したかと言えば、カオ博士のほうでしょう。
2009年のノーベル賞受賞の際には、西沢博士が同時受賞とならなかったことを悔やむ声も多く、ネットを探すと受賞できなかった理由を、米国の圧力にあるのではないか、日本の政治力が足りないのではないか、そもそも西沢博士の方が先なのでカオ博士は盗作ではないか…などと書かれた記事も山ほど見つかります。
ノーベル賞の受賞に学閥の強さなどが皆無だ、とは思いません。ある程度の影響はあるでしょう。
しかし、どちらがより重要な研究だったかを考えると、カオ博士が受賞し、西沢博士の同時受賞とはならなかったことも道理ではないかと思います。
西沢博士は「よりよい光ファイバ」の原理を発見しましたが、カオ博士は「光通信実用化への道筋」を見つけ出したのです。
西沢博士をそれほど知らないので間違えていたら申し訳ないのですが、功績を見る限りでは、原理発見よりも高性能化などへの改良が上手なようです。
西沢博士は高輝度LEDを開発していますが、その基礎技術では 2001 年に類似の研究をした外国人がノーベル賞を取っています。
この際にも「なぜ西沢博士が同時受賞でないのか」と怒っている日本の方が多数いるのですが、博士は原理を発見したというよりは、それを産業的に重要な「使えるもの」に改良したのです。
ノーベル賞は、大抵重要な原理を発見した方に送られます。発見がなければ改良はないからです。
でも、改良して実用にする人がいたからこそ、原理発見者の栄誉がある。これは、すべてのノーベル賞受賞者に対して言えることです。
それをいちいち怒っていたらきりがないし、そもそもノーベル賞と言うのはもらった、もらえないで競うようなものでもない。
ただ、世に尽くした人を称える場のはずです。
西沢博士がいなければ、カオ博士のノーベル賞も、2001年のノーベル賞もなかったかもしれない。
それほど偉大な人が日本にいるのだ、というだけで、誇りに思って良いのではないかと思います。
ところで、大学時代に光ファイバーケーブルの工場で働いていたことがあります。
この話、以前もしたな。
光ファイバーの心線(光が通る部分)は非常に細く、髪の毛の1/10 以下の大きさしかありません。
「1ミクロンの精度を出さないといけないから、慎重にやるように」とバイトに入った時に言われました。
光ファイバーはざっくり言えば3層構造で、中心に非常に細い心線(光が通るところ)があり、その周囲を薄いガラス皮膜で覆っています。2種類のガラスの合わせ目で光が反射します。
そして、その外側を樹脂で固めて折れないようにしています。
工場での作業は2つあり、一つは心線への接続プラグ接着作業。
樹脂を剥き、ガラス部分(心線と皮膜は一緒に扱う)をプラグに接着します。
そして、接合面を非常に細かい紙やすりで研磨する。
最後に顕微鏡で全品検査したら完成。出荷前に通信テストも行うみたいですが、バイトは顕微鏡検査までが仕事。
これは本当にミクロン単位の細かな作業でした。
でも、この作業の前に、「光ファイバーコード」の作成があるのだよね。
5メートルのコードを作る、といわれたら、ファイバーと「被覆」のチューブを、5メートルに揃えて切る。
ファイバーをチューブの中に通さないといけないのだけど、チューブは滑りにくい樹脂で出来ていて、中を通すのが一苦労。
そこで、圧縮空気でベビーパウダーをチューブ内に送り、それからファイバーを通します。
これはするすると気持ちよく入っていきます。
この作業は、かなりいい加減でした。5メートル、と言う指定の場合、5メートルに足りないのは許されませんが、+10cm 程度の誤差は許されていました。
どこら辺が1ミクロンの精度? と思ったものです。
あのケーブルは、今でもどこかで使われているのかな。
もうずいぶん昔の話だから、交換されて捨てられたかもしれませんが (^^;
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