2013年10月14日の日記です


ブノワ・マンデルブロの命日(2010)  2013-10-14 09:28:17  コンピュータ 歯車 今日は何の日 数学
ブノワ・マンデルブロの命日(2010)

今日はブノワ・マンデルブロの命日。


2010年に亡くなりましたね。もう高齢だったからいつか死ぬのは当然でしょうが、死んだときはちょっとショックでした


氏の偉業をちゃんと解説したい…と数学(算数?)ページなんて作りましたが、忙しくて頓挫したまま。




マンデルブロ氏の偉業は、数学に「フラクタル」と呼ばれる一分野を開拓したことです。

しかし、この話、案外深いのです。


話は1900年ごろにまでさかのぼります。


1800年代(19世紀)は数学が急速に発達した時代でした。

しかし、世紀が変わってこのままでよいのか、という問題提起が、多くの数学者からなされています。

そのうち一つに、次のような疑問がありました。



数学は、もともと古代エジプトで自然と共に暮らすために生まれた知恵でした。


毎年氾濫するナイル川は、氾濫により豊かな土壌をもたらしてもくれます。

そのため、古代エジプトの人々は、氾濫することがわかっている地域で農業を営んでいました。


問題は、毎年の氾濫後に、どこの土地が誰のものかがわからなくなってしまうこと。

この混乱を避けるために、最初の幾何学が生まれました。

土地を区画整理し、毎年同じように農業が営めるようにしたのです。


その後数学は発達しました。

しかし、その発達とともに、自然からは乖離したように見えます。


人類は、微分積分を手に入れました。しかし、それで美しい雲を、森の木々を、蝶の模様を、表現することはできたのでしょうか?




数学において、「連続性」は非常に重要な意味を持ちます。

連続性とは、すべての点で微分可能、と言い表すこともできます。


…難しいですね。もっと簡単にいえば「どこを見ても滑らか」ということです。


ところが、自然物はそうではありません。葉っぱは大抵先端がとがっていますし、枝もいたるところが尖っています。雲は全体にとらえどころがありません。

極論すれば、どこひとつ滑らかな場所なんてないように見えます。


このような対象を、微分積分を究極の武器とする(当時の)数学で表現することはできない、というのが、1900年ごろの数学批判の根底にありました。


僕は数学史には詳しくないので間違いもあるかもしれませんが、おそらく上記の「問題提起」をうけて、多くの学者が自然の記述方法を考案しています。


鍵は「非連続性」にありました。

…数学者っていうのは極端で、「どこでも滑らか」ではダメだ、となると、「どこをとっても滑らかな場所が見つからない」ようにしようとします。

(どちらも「すべての場所が均質で特別な場所がない」と言う点では同じで、極端に走ったわけではないのですが)


1900年の初頭ごろ、世界中で多くの数学者が「どこをとっても非連続」な図形を考案しています。


ダフィット・ヒルベルト(1862~1943)が1891年に発表した、ヒルベルト曲線

高木貞治(1875~1960)が1903年に発表した、高木曲線

ヘルゲ・フォン・コッホ(1870~1924)が1904年に発表した、コッホ曲線

ヴァツワフ・シェルピンスキー(1882~1969)が1915年に発表した、シェルピンスキーのギャスケット

NASA物理学者らのグループが1967年に発表した、ドラゴン曲線

などなど、他にもたくさんあります。


これらは、ただ非連続なだけでなく、「どこを取り出しても、全体と同じような形をしている」という特徴を持っています。

このことを「自己相似性」と言います。


この新しい概念は、自然を表現するための一歩目でした。

たとえば、コッホ曲線を組み合わせると、コッホ切片と呼ばれる雪の結晶のような形が出来上がります。


コッホ曲線は、ただの「直線」に、一定の操作を繰り返すことで得られる図形です。

同様の操作を行うことで、木を表現したり、シダの葉を表現したりできることが知られています。




同時代の数学者に、ガストン・ジュリアがいます。

恐らく、彼も同じような作図を試みたのではないかと思うのですが、彼の手法は少し変わっていました。


先にあげた図形は、すべて「図形に対し、繰り返し操作を加える」ことで描かれます。

しかし、ジュリアは「座標をパラメーターとした数式を繰り返し計算する」と言う方法で図形を描いたのです。


もう少し詳しく説明しましょう。

グラフには、縦軸と横軸があります。グラフ上のある一点は、縦座標と横座標、という「二つの数値」で表現できます。


このとき、この二つの座標を、一定の方法で計算します。計算し続けます。

すると不思議なことに、計算のたびに「数が大きくなっていく」点と「あまり変わらない」点の二つに分かれるのです。


二つに分かれるのは、「ある計算」が自乗を含むためです。

1よりも小さな点を自乗すると、どんどん 0 に近づきます。

1よりも大きな点を自乗すると、どんどん 0 から遠ざかります。


点の座標でいえば、単純に近づく、遠ざかる、と言うのではなく、位置を変えていくことになります。

図形を計算することで別の図形を作り出すことを「写像」と言いますが、ジュリアの計算では、計算のたびに写像を作り出すことになります。


そして、この写像は「中心(0)からどんどん離れる」場合と「中心の周囲を動き回る」場合があるのです。


ジュリアは、遠くなる点は捨て、いつまでも周囲を動く点をプロットしました。

1つの点について「遠くならない」確認のために 100回程度の計算を行い、それを縦横 100地点くらいづつ…100*100*100 で百万回くらい計算を行うと、やっと一つの図形が完成します。


完成した図形(ジュリア集合と呼ばれます)は興味深いものでした。

「計算のたびに中心の周囲を動き回る」ということは、中心付近の点にはなんらかの類似規則があることになります。

図形にはこの規則がはっきりと表れ、全体と一部が似た形になる、「自己相似性」を持っていたのです。


しかし、ジュリアの手法は時間がかかりました。

面白い研究ではありましたが、何かの役に立つわけでもなく、世の中から忘れ去られます。




1950年代、ブノワ・マンデルブロは、経済学を研究していました。

ここで、株価の動きには「全体を縮小したような動きが細かな部分に見られる」という自己相似性に気づきます。


彼は 1900年代初頭に行われた研究を再発見し、これらをまとめ上げる研究を行います。

どこをとっても不連続であり、全体と一部が似ている…こうした図形に「フラクタル」と名前を付けます。

(フラクタルとは、「細かな破片」の意味をもつラテン語に由来する造語)


1970年ごろ、彼はジュリアの手法にも興味を持ちました。

ジュリアの時代には手回し計算機しかありませんでしたが、マンデルブロの時代にはコンピューターがあります。

コンピューターの圧倒的なパワーでジュリア集合を計算してみようとします。


経緯は省きますが、マンデルブロは最初に「ジュリア集合世界の俯瞰図」を作ろうとしました。

当時のコンピューターでは、100万回の計算はまだ時間がかかるもので、手始めに面白そうな場所を探し出そうとしたのです。


しかし、この「俯瞰図」こそが新しい発見でした。ジュリア集合の数式を少し変化させ、特徴の出やすい点だけを試算したカタログを作ろうとしたのですが、このカタログはジュリア集合以上に興味深い図形となったのです。


ジュリア集合は、6つの計算パラメーターを持ちます。どのパラメーターを変えても違う画像を生じるため、全体の把握は簡単ではありません。

しかし、マンデルブロの作った図形(マンデルブロ集合)は、パラメーターが2つしかないにも関わらず、ジュリア集合と同じような挙動をしめし、細かな部分を見るとジュリア集合にそっくりの図形が現れていたのです。




ジュリアは、「繰り返し計算しても0から離れない点」に注目しました。

しかし、マンデルブロはむしろ「0から離れる点が、何度目の計算で離れていったか」に注目して、その回数を示したグラフを描きました。


一般的には、本来の(0から離れない)マンデルブロ集合を黒で、周囲の「数回の計算で離れた」場所を、計算回数に応じた色で塗り分けた図形となります。

色で表現する代わりに「高さ」として3D描画すると、険しい山に囲まれた湖のような画像となります。このような画像は、マンデルブロ湖と呼ばれます。


マンデルブロ集合もまた、ジュリア集合と同じような自己相似性を持ちます。

マンデルブロ集合は「ひょうたん型」をしていますが、湖(中央の黒い部分)の縁のあたりを拡大していくと、無数のひょうたんが見えてきます。

ひょうたんの周囲にはまたひょうたんが…コンピューターの計算精度の問題がなければ、無限に拡大し続けられます。


これは、計算中に「点」が中央付近を動き回り、無数の写像を作り出しているためです。

全体の写像が細部に現れるための自己相似性です。

(ただし、計算式は厳密な写像を作り出すものではないため、場所によって思わぬ形に変形します。これが余計に興味深い結果を生み出しています)



最初に挙げた問題提起ですが、「森の木々」は、1900年代初頭の試みでも描けるようになっています。

雲や蝶の羽の模様、燃え上がる炎の様子などは、マンデルブロの研究によって描けるようになりました。


他にも、現代の 3D CG や映画に使われる SFX などで、フラクタルの概念は欠かせないものになっています。


マンデルブロがフラクタルの研究を始めるきっかけとなった「株価の動き」ですが、こちらは「1/fゆらぎ」という現象名で知られています。

1990年代などに流行し、リラックスできる音楽とか、扇風機に「1/fゆらぎ」を名乗るものがありました。


自然界のいろいろな場所で1/fゆらぎが見られる、というのはマンデルブロの研究以前から知られていましたが、現代では「フラクタル」の一種としてとらえられています。




参考リンク:

気軽にマンデルブロ集合の描画を試せるサイトをリンクしておきます。

The Mandelbrot Set in HTML5 Canvas & JavaScript


昔、MSX2 のBASIC で、横256ドットの解像度で3日くらいつけっぱなしにして画面描画した覚えがあります。

X68k で「怪しい高速マンデルブロ」というプログラムがあり、機械語でテクニックを駆使して、1画面を10秒程度で描いていて驚きました。


今なら Javascript でも高解像度で一瞬です。

すごい時代だなぁ…



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