今日は、コンピューター業界の大物2人の命日。
シーモア・クレイの命日(1996年)と、スティーブ・ジョブズの命日(2011年)です。
…ジョブズは有名すぎて、うかつなこと書いたら突っ込みの嵐になりそう。
僕が書かないでも誰かが書くでしょうし、クレイについて紹介しましょう。
シーモア・クレイは、CRAY-1 コンピューターの設計者です。
これ以前から、計算力を誇る「スーパーコンピューター」は存在したのですが、CRAY-1によって一躍有名になったと言ってもよいでしょう。
1970年代、コンピューターはまだまだ高価なものでしたが、1950年代のように科学計算専用ではなくなっていました。
中小企業では手が出るものではありませんが、大会社では、商品開発や事務でもコンピューターが活用され始めます。
そして、当たり前ですが科学計算でもコンピューターの重要性は増していました。
より高速なコンピューターが求められるようになり、量産品ではなく、特注、もしくは受注生産のような形で「超高速」のコンピューターが作成されます。大抵は数台程度しか作られないものでした。
シーモア・クレイは、そのようなスーパーコンピューターを作っていた会社 CDC (Control Data Corporation)で働いていましたが、携わっていたプロジェクトが失敗、CDC でスーパーコンピューターを作り続けることができなくなります。
まだコンピューターの設計を続けたかったクレイは CDC を辞め、1972年に新たな会社、クレイ・リサーチを設立し、1975 年に CRAY-1を発表します。(実際の1号機納入は 1976年)
さて、この CRAY-1がどんなに速かったのか、当時の他のコンピューターと比べてみましょう。
まず、少し後の 1977 年に発売される VAX-11。
これは、当時安くて人気のあったミニコンピューター PDP-11 の後継機で、大ベストセラーとなったコンピューターです。
実は、その後のコンピューターの速度の基準の一つ、 MIPS は VAX-11 の速度を基準としています。
一応、MIPS は「1秒間に100万回の命令を実行できる」という意味の英語 Million Instructions Per Second の頭文字なのですが、実際には命令ごとに実行速度も違いますし、機種を超えて単純な比較はできません。
そこで、VAX-11 が速度基準となるのです。VAX-11 の速度が 1MIPS です。
1974年、インテルは 8080 を発売します。
これ以前から 4004、8008 という CPU を発売していましたが、これらは主に電卓などに組み込む用途が想定されていました。
8080はコンピューターを作成できる性能を持った初めての 1chip CPU で、これで世界初のパソコンが作られています。
この 8080 が、0.64MIPS でした。
当時の IBM は、System/370 と呼ばれるシリーズを販売しています。これは大ベストセラーとなった System/360 の上位互換で、CRAY-1 より5年も前の、1970年発売でした。
値段と性能でいろんな機種があるのですが、この最高機種が 1.89MIPS でした。
もっと性能が欲しい場合、CRAY-1 以前にもスーパーコンピューターが存在しました。
ただ、この当時のスーパーコンピューターは希少品過ぎて、速度を測定した資料が少ないようです。
また、スーパーコンピューターは科学計算で使用されることが多いため、整数演算性能を示す MIPS ではなく、浮動小数点演算性能を示す FLOPS で表現されます。
MFLOPS で、1秒間に100万回の浮動小数点計算ができることを意味します。
クレイが以前に勤めていた CDC 社が 1973年に発表した STAR-100 は、50MFLOPS 。
ただし、これは設計上の速度で、実際にはそれほどの性能が出なかったようです。
Texas Instruments の Advanced Scientific Computer (TI-ASC) は 1972年に発表されています。
…5台しか作られなかったそうで、性能を測定した値が見当たりません。一部資料では STAR-100 より性能がよかった、となっています。
STAR-100 の半分のクロック速度で動作しますが、STAR-100 の倍の同時演算性能があります。
これだけで見ると性能は同程度ですから、性能が良かった、というのが事実として、STAR-100 の設計性能通りの 50MFLOPS くらいでたのではないかな、と思います。
イリノイ大学が作成した ILLIAC IV は、1964年に開発が開始された並列コンピューターです。
256個のプロセッサが同時に動作し、性能はなんと 1000MFLOPS! …を目指していたのですが、実際には開発が難航し、プロセッサは 64個に減らされ、予算は4倍に膨れ上がり…
1976年にやっと完成した時には、設計上で 100MFLOPS、実際にはそれを下回る性能になっていました。
量産は考慮されていなかったため、作られたのは1台のみです。
さて、下は 0.64MIPS から、上は 1.89MIPS 。
スーパーコンピューターだと、 50MFLOPS から 100MFLOPS。
これが、CRAY-1 が発売された当時の、他のコンピューターの性能でした。
そして CRAY-1 は、160MIPS/160MFLOPS。
これは設計上の速度で、実際には 150MIPS/80MFLOPS 程度だったと言いますが、それでも性能がとびぬけているのがわかって貰えるでしょうか。
スペック的には、ILLIAC IV と性能が同程度、完成も同時期です。
ただし、ILLIAC が量産を考慮していなかったのに対し、CRAY-1 は量産可能でした。
CRAY-1 の反響は非常に大きく、第1号機は奪い合いとなりました。
クレイは1ダースも売れれば十分…と考えていたようですが、結果として80台以上を売る大ヒットでした。
(右図:Wikipedia より引用。実際には後継機の CRAY-X MP のもの。クリックで拡大ページを開きます)
これ、速度を上げることと非常に密接な関係があります。
速度を上げるためには、単純に言えばCPUのクロックを上げる必要があります。
しかし、クロックを上げようとすると、信号線の「乱れ」が問題となり始めます。
クロックは、処理を開始するきっかけです。よく指揮者に例えられます。
コンピューター内では、処理開始時には、その処理の材料となる電気信号が揃っていなくてはなりません。
そして、処理中に電気信号が変化します。この電気信号の変化がすべて終わり、各所に電気信号が届いてから次の処理を開始する必要があります。
つまり、クロックの速度は、最悪の、一番遅い信号切り替わりのタイミングよりもゆっくりでなくてはならないのです。
一部の命令を速くしただけではクロックを上げることはできず、全体の速度は変えられないのです。
そのため、設計上は出来るだけ信号の変化タイミングを合わせる必要がありますし、それらの信号が速やかに届くように、信号線は出来るだけ短くする必要があります。
…そこで、円筒形です。
円筒形の周囲には様々な機能を実現する回路が入っていますが、それらの回路同士の連絡は、円筒形の中央で行われるようにしてあります。
一旦中央に集められた信号が、適切な周囲の回路に渡される。これなら、信号線は最短にできます。
ちなみに、速度に関係しない電源と、表面積を大きくしたい冷却機構は、一番外側に円筒を取り囲むように配置されています。
ちょうど椅子くらいの高さで、円筒部分が背もたれに見えるために、CRAY-1 は「世界で一番高価なソファ」という愛称(?)で呼ばれていました。
愛称も含め、特徴的なデザインはやはりみんなの目を引いているわけですが、これは性能を追い求めた結果生じた機能美なのです。
話は脱線しますが、後に NEC がスーパーコンピューターの開発に乗り出し、1983年に SX-2 を発表、世界で初めて 1GFLOPS (1000MFLOPS)を超え、世界で初めてアメリカ以外の国で作られたコンピューターが速度世界一となりました。
この時、設計者たちは 5ナノ秒で電気信号が到達する長さの棒(定規)を作って、すべての信号線の長さがその棒よりも短くなるように設計図を描いたのだとか。
この棒を「5ナノ棒」と呼んでいた、と当時設計に携わった人に聞いたことがあります。
また別の脱線。昔 Ah! Ski というパロディコンピューター雑誌があり(ASCII の別冊として、毎年エイプリルフールに発行されていた)、この中に「人柱コンピューター」と言う話が載っていました。
円筒形より速度を上げるには球形配線しかないが、技術者は内部で配線を行わなくてはならないため、最後はコンピューター内部で即身仏になる、というネタ。
さて、最後に現代の CPU の性能をちょっとだけ。
パソコン用では、1994年発売の Pentium 90MHz で 150MIPS に到達しています。
これ以降のパソコンは、みな「かつてのスーパーコンピューター」並みの性能を持っているのです。
2011年の Intel Core i7 Extreme 3960X (6core) は 187250MIPS / 115740M(115G)FLOPSとなっています。CRAY-1 の千倍以上の速度です。
さて、今日はクレイの命日であるだけでなく、ジョブズの命日だとも書きました。
ジョブズは Apple 設立の起案者ですが、1981年に追放され、1996年に復帰しています。
1999年発売の PowerMac G4 は、「スーパーコンピューター」であると宣伝していました。
根拠は、共産圏に武器輸出を禁じるココム協定では、1GFLOPS を超えるコンピューターをスーパーコンピューターと定義しているから。
PowerMac G4 に使われた PowerPC G4 プロセッサは、パソコン用として初めて 1GFLOPS に到達していました。
ところで、ココムはソ連の崩壊を受けて実際には 1994年に解散しています。
1GFLOPS がスーパーコンピューターである、と言う規定も 1994年当時のものとなります。
先に書いたように、1983 年に NEC が作った SX-2 が初めて 1GFLOPS を超えたマシンです。スーパーコンピューターは高価なために10年程度は使い続けられることが多く、10年前の性能を定義の指標に使っていたのでしょう。
ジョブズの遺作となった、2011年の iPhone4S 。
この CPU である A5 は、336MIPS / 141MFLOPS の性能を持つそうです。
2コアですから、1コアで考えると…ちょうど、 CRAY-1 と同じくらい。
クレイがつくったスーパーコンピューターは、ジョブズによって皆が持ち歩けるようになったのです。
そして、今日はその二人の命日。天国でどんなお話をしているのでしょう?
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