今日は、世界初の日本語ワープロが発売された日。
それを記念して、「ワープロの日」にもなっています。
…日本ローカルな機械なのに、世界初って言い方でいいのかな (^^;;
それはさておき、1978年の今日、東芝が日本語ワープロ JW-10 を発売しました。630万円。
もちろんその当時の機械ですからパソコンではありませんし、その後流行するような「パソコンの機能を限定したような」ノート型のワープロでもありません。
当時は、大型のコンピューターでも日本語の処理は難しいものでした。
だいたい、コンピューターで日本語を扱うための JIS 漢字が制定されたのが 1978年。
JW-10 はそれ以前から開発されていたので、独自の漢字コードを使用していました。
日本語が扱えるワープロとしていきなり JW-10 が現れたわけではありません。
これ以前にも、試行錯誤の歴史があります。
元々は「日本語タイプライター」の開発から始まっています。
話は明治維新にまでさかのぼります。
当時、鎖国を解いた日本人は、欧米に対して強いコンプレックスを抱きました。
新たに外国から入ってきたものは何でもありがたがり、日本の伝統は古臭いと捨てようとする動きが、非常に幅広い分野で起こります。
この動きの中で、日本人の中でも、欧米人は頭がよく、日本人は頭が悪い、と考える一派が生まれました。
彼らの主張によれば、欧米人が頭が良い理由の一因として、タイプライターの存在がありました。
タイプライターを使えば、非常に早く文字を記述できます。しかし、日本語では漢字も多く、筆記は遅いです。
このため、欧米人は短い時間で多くの文章を記し、考えることができます。日本人はゆっくりとしか文章が書けないため、思考速度も制限を受けます。
この「考えるスピードに合わせて文字を記述できる」ということが、思考スピードの差だというのです。
#この主張自体は大きく間違ってはいない。思考する際には記述することはかなり有効な手段だし、記述速度によって思考が制限を受けるのも事実である。
このため、日本人もタイプライターを使えば欧米人並みの頭の良さを持てるだろう、と考えられました。
しかし、このための方法論は大きく2つに別れます。
1つは、日本語が扱えるタイプライターを作ろう、と言う動き。
もう1つは、欧米のタイプライターを使えるように、日本語教育を全てローマ字にしよう、と言う動きです。
全てをローマ字にするなんて本末転倒でとんでもない! と思う人も多いかもしれません。
でも、これは当時真剣に議論されたのです。
考えても見てください。長い鎖国を経て、開国したら欧米の技術は非常に進んでおり、アジアには征服されて植民地になっている国もあったのです。
今すぐ日本を欧米並みにしなくては、日本も植民地にされてしまうかもしれません。
結局国語のローマ字化は見送られるわけですが、日本語タイプライターの開発は行われました。
1915年には最初の和文タイプライターが作られています。
ユーザーの操作する「ファインダー」と活字箱が連動していて、板の上に書かれた文字を探します。
活字箱の中から「1文字」だけが抜き出せる機構があるのですが、この1文字は、常にファインダーで示されている文字と一致するようになっています。
そして、ファインダーに付いたボタンを押し込むと、活字が抜き出されて紙に押し付けられます。
これで目的は完了。今でも保存してある博物館などがありますが、使ってみると巧妙な仕組みに感心します。
ところで、いきなり個人的な話ですが、僕の母が若いころに、会社の事務で和文タイプを使っていたそうです。
和文・英文両方できたと自慢されたことがあります。
熟練すると完全に文字の位置を覚えてしまうため、かなりの速度で打てたそうです。しかし、清書用の道具であり、タイプライターのような思考の道具ではありません。
最初期の日本語ワープロは、和文タイプと同じような考え方で作られています。
画像は、1970年の大阪万博で IBM が発表・展示した、日本語入力用キーボードです。
クリックすると、別ウィンドウで拡大画像を表示します。
#写真はWikipediaから引用。現在ドイツ博物館に保存されているそうです。
発表が万博だった、というのはIBMのインタビュー記事のPDFの22ページより。
キーボードには18×12のキーが配置されて、1つのキーに12文字が印字されています。
和文タイプと同じ考え方で、文字を探し出してボタンを押す方法で入力します。
1ボタンの12文字は3×4に並んで書かれています。
左下のテンキー(実際には12キー)も3×4に並んでおり、併用することで指示された位置の文字が入力されます。
12通りのシフト方法があるので、多段シフトキーボードと呼ばれます。
文字の入力はできますが、もちろん清書用です。
#多段シフトキーボードのテンキー部分が「シフト」に相当する、というのは日本語入力シンポジウムのページの資料、
HUMAN FACTORS RESEARCH OF JAPANESE KEYBOARDS
の「その13」のページに書いてありました。
さて、和文タイプも多段シフトも、もっといえば JIS漢字コードも、漢字は音読みの順に並んでいます。
当時は、余りにも膨大な日本語の文字を扱うために、これが当たり前のやり方でした。
IBM が多段シフトキーボードを作成したころから、コンピューターでの文書作成の需要が高まり、各社がワープロの研究を始めます。
「普通の」キーボードで漢字を入力するには、どうすればよいのかが課題でした。
当初の方式は、漢字をカナ2文字で代表させる方法でした。
2ストローク式、と呼ばれます。
たとえば、「あい」と打鍵すれば「愛」と表示されます。50音の組み合わせとすれば、50x50=2500文字が入力できるため、実用性は十分です。
この場合「あい」は必ず「愛」です。「合」と出すには「こう」、「相」とだすには「そう」と入れる必要があります。
あまり使われない文字など、全く読みなどと関係ない入力が必要かもしれず、和文タイプ並みの熟練が必要になります。
そして、やっと今日の話題。JW-10 は「熟語変換」方式でした。
「じゅくご」と入れて変換ボタンを押すと「熟語」と出てきます。
「塾後」と出したいなら、これは2つの言葉ですので「じゅく」と「ご」を別々に入力します。
「あい」と入れて変換ボタンを押せば「愛」と出ますが、さらに変換ボタンを押せば「合」「相」…と、候補を次々出してくれます。
多段シフトでは、シフトを指定した後にキーを押すと、文字が入力されるというルールが決まっていました。
2ストローク式では、キーの数を減らした代わりに、すべてのキーがシフトになったようなものです。やはり2つキーを押すと文字が入力されるというルールが決まっていました。
いずれも、キーを押すと文字が入力される、と言う仕組みです。
ところが、JW-10 の熟語変換は、キーを押してもワープロには文字が入力されませんでした。もちろん、文字は入力されるのですが、ワープロではなく「変換バッファ」に入ります。
そして、変換バッファで漢字を選び、確定するとワープロに入力されます。
この、間に1段階を入れるというのが大発明でした。この発明によって、やっと日本語入力の諸問題は解決の糸口を見つけ、発展していくことになるのです。
…ところで、また個人的な話題。
僕、このワープロ少しだけいじったことがあります。発売から1年後、1979年のことです。
当時の僕は小学生で、家族で遊びに行った東京タワーで「コンピューター展」(名称は不正確)というイベントをやっていて、そこで触らせてもらえたのです。
自分の住所と名前を入力しました。
たしか、住所はひらがなで順次入力したら、そのまま漢字になりました。
名前は、苗字はそのまま出たように思います。下の名前は珍しいので、コンパニオンのお姉さんが別の読みで1文字ずつ出してくれました。
最後に、入力したものをプリントアウトしてもらいました。
…えーと、当時の自分はまだ子供で、これがすごいことだという気持ちはありませんでした (^^;
ひらがなを入れたら漢字になる。コンピューターはそんなこともできるんだなぁ、と言う、淡々とした気持ち。
今は知識があるから、当時の技術でこれをやることがいかに大変だったかわかりますけどね。
この「コンピューター展」では、ワープロだけではなく初めてパソコンに触り、興味を持ったから今の自分がいるのですが…
その話はまたいずれ。近いうちに書く予定です。
さて…「ワープロ」と言いながら、日本語入力の歴史を追っているばかりで、ちっともワープロの話をしていませんね。
実のところ、当時の「ワープロ」とは現代でいうエディタとそれほど変わるものではなくて、技術的にはそれほど難しくないのです。
問題は、アルファベットの文字種が 26文字、大文字小文字や記号を合わせても 7bit あれば収まるのに対し、日本語は 2000文字以上が必要な事。必然的に、ワープロ開発の最大の関心事は、日本語入力の方法だったのです。
もう一度「ワープロ」の定義に立ち返ってみれば、ワープロは「文書を処理する」ためのものです。
欧米人のような、思考を記述できる機械としてのタイプライタを! という願いから始まって、怨念のような開発の歴史により、やっと「清書用の機械」から脱出できたのが JW-10 になります。
その後オフィスコンピューターにもワープロの「ソフト」が作られるようになり、パソコン用にもワープロが作られれます。
1983年、PC-9801用に「松」、PC-100用に JS-WORDが発売されます。
このころ日本語は日本語ワープロの中でだけ使えるものでした。
1985年、JS-WORD のバージョンアップである「一太郎」がPC-9801で発売。
この時に「日本語入力」と「ワープロ」は切り離され、ワープロ以外でも日本語が入力できるようになりました。
この「ワープロ以外でも日本語入力ができる」ということのインパクトは、かなりのものでした。
ライバルの「松」も日本語入力部分を「松茸」として切り離しましたし、UNIX でも漢字変換のみをサポートする「Wnn」が開発されます。
ワープロ全体を作成しなくてよい、漢字変換だけ作ればよい、という方法論が出来上がると、さらにさまざまなアイディアの漢字変換ソフトが現れます。
#漢字変換ソフトは、当時は FEP(Front-End Processor:コンピューターの、一番人間側に位置する、と言う意味合い)と呼ばれました。
現代では IM (Input Method:入力方法) とか、IME (Input Method Ediror:入力エディタ)と呼ばれます。
#興味ある方はこちらもどうぞ。日本語入力プログラムの歴史
ところで、和文タイプライタや多段シフトキーボード、2ストローク入力には、現代的な「漢字変換」にはない、非常に重要な特徴があります。
漢字変換では、目で見て文字を確定しなくてはなりません。構文解析や学習機能により、同じ読みを入力しても違う漢字が出ますので、確認は絶対必要です。
しかし、昔の技術は「直接漢字を選び出す」方法で作られているため、覚えるまでは大変ですが、覚えてしまうと確認なしに入力ができるようになるのです。
確認が必ず必要、というのは、速度の低下を招きます。
「思考のための機械」と考えた場合、思考を邪魔するかもしれません。
話題の締めとして、この問題を解決した漢字入力方法、「風」を紹介します。
多段シフトキーボードのアイディアを拡張し「超多段シフト入力」と呼ばれる方法を採用した漢字変換ソフトです。
基本は単漢字変換です。漢字の読みを入れて変換すると、漢字1文字に変換します。
同じ読みの漢字が複数あるばあい、通常ならリスト表示されて選択するわけですが、「風」では、この選択方法が「キーボードのキーに漢字が直接対応する」ことで行われます。
この際、学習機能などは一切なく、漢字は常に同じキーに割り振られます。
違う読みで呼び出した場合も、同じ漢字は常に同じキーになるように工夫されています。
非常に単純な機能ですが、同じ漢字を呼び出す方法は常に同じなため、覚えてしまえば高速に入力できるようになります。
「覚えてしまえば」なら2ストローク入力でいいじゃん…と言われそうですが、2ストロークとの違いは、読みを入れれば一応メニューは出る(仮想キーボードが表示される)ため、慣れない漢字でもちゃんと入力できることです。
メニューの表示までには少し遅延があるため、覚えている漢字を入力している限りはメニューは表示されず、快適に入力できます。
このアイディア、非常に面白いと思います。
…まぁ、僕はアイディアに感心しただけで、使ってはいないのですけど (^^;;
#MS-DOS 時代に知って、今はもうないのだと思っていたら、Windows でも販売されていました。
詳細は、開発者のサイト風のくにへ。
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