目次
02日 最近のうちの子
05日 区民祭り
12日 食育フェスタ
15日 再度JAMSTECグッズ
16日 こんにゃく
28日 古い記憶
ここしばらく、親ばか日記は書いてなかったな。
というか、誰も期待して無いのに、成長記録を書きます。
8歳の長男。
誕生日プレゼントとして、夏休み前にポケモン BW2 を買ってから、「平日のみ、1日30分」という制限で熱中して遊んでいます。
親としては、もう少し友達と外遊びもして欲しいところだけど、時間が合わなかったり、様々な理由で難しいらしい。
(現代の子供は、少子化の影響でそもそも同学年が少ない。そして、昔よりも塾通いが多い。子供同士で遊ぶ、という普通のことが案外難しい)
彼としては、今学校で習っている「掛け算」が非常に楽しいようだ。
習ってもいないのに大きな数を筆算で掛け合わせて遊んでいる。ちょっと大きな数同士を掛けると、驚くほど大きくなる、という現象が楽しいらしい。
しかし、親が何気なくチェックしてみると、繰り上がりを忘れて答えが違っていたりすることもしばしば。
まぁ、まだ習う前だし、遊びの範疇なので正解を出すことにはこだわらない。
妹思いのいいお兄ちゃんなのだけど、常に行動が遅い。
これは、2人いる妹のそれぞれと遊んであげようとしているから、と言うことも多い。
食事もみんなで一緒に食べ初めて、食べ終わるのは一番最後。
みんなが寝る準備している間も遊んでいて、ベッドルームへ行く段になってやっとあわてて支度を始める。
(寝る準備:僕が下の二人の歯磨きとかをしてあげる。すると、一人はフリーなので長男と遊んでいる。結果として、長男はずっと遊んでいて寝る準備をしない)
5歳の長女。
長男の影響で数字に興味を持っているが、掛け算はまだ難しい。
足し算を一生懸命指で数えてできる程度だが、正しい答えが出るとうれしいようだ。
(間違えているのを指摘すると機嫌が悪い)
数を50まで(つっかえながら)数えられえるようになった。
100まではまだ無理な感じ。
以前から部屋の片隅で逆立ちをするのが好きだったが、最近のお気に入りは壁のぼり。
引き戸の開口部に手足を突っ張って登る、というのは当たり前で、部屋の隅の90度に合わさった壁の部分を器用に登る。
だんだん我が強くなり、長男と遊んでいる最中に喧嘩になることも増えた。
しかし、まだ5歳児の知恵で、自分は常に正しいと思っている節がある。
明らかに長女が悪いことも多く、諭しても自分の意にそぐわないと泣き出すことが多い。
3歳の次女。
保育園の友達にお手紙を書くのが大好き。
そもそも、長女のクラス〔4歳クラス)で少し流行の兆しがあったのだが、4歳クラスだと字が書ける子と、読めない子が混在しているので、流行しないまま終わった。
で、真似し始めたうちの次女が2歳クラスでお手紙を流行させてしまった。
当然、みんな書けるわけ無いし、読めても自分の名前だけ。親が代筆することになります。
毎朝お手紙を書いていますが、文面は常に「なかよくいっしょにあそぼうね」です。
長女の影響で逆立ちが好き。
いまいちうまくできてないけど。
どんぐりや小石等を拾うのが好きで、「もってて」と渡されるため、僕のポケットは常にいっぱい。
これは「おとーさんとおかーさんにプレゼント」らしいのですが、そのまま忘れてしまうため、最終的にはポケットからゴミ箱に直行です。
すっかりトイレが自分で出来るようになった。
(…が、甘えていろいろやってもらいたがる)
10までは数えられるが、20までは少しあやしい。
16が飛ばされ、かわりに「じゅーひち、じゅーなな」と17を2回カウントするのが定番の間違え。
(20までのカウント回数は20回で辻褄はあっている)
2年前に比べて、僕が怒鳴ることが増えたように思う。
みんな力が強くなってきて、自分の意思で行動できるようになってきて、結果として危険な行動が増えているから。
長女が壁に上るのは構わないが、下に誰かいるときは危険だからすぐ止めさせないといけない。
長男がのんびりしすぎていて、全体の足を引っ張り、危険を増やしていることもある。
怒りたくないから約束事はいくつか決めているが、「楽しそう」なことがあるとすぐに忘れてしまうのも、ことの年代の子供には当たり前。
結果として、危険を避けるために怒鳴らないといけない。
怒鳴ったとしても、後を引くと雰囲気が悪くなるので、瞬間湯沸かし器であろうと勤めております。
(ぱっと怒って、ぱっと普段どおりに戻る。これが重要)
まぁ、全体としては家族で楽しく暮らしております。
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別年同日の日記
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以前に住んでいた区の区民祭りに行ってきた。
…現在は住んでいないが、よいのだろうかと思いつつ。
長男が生まれてからは来なかったと思うので、8年ぶりか。
昔よりも盛大になっており、楽しかった。
子どもたちも楽しんだし、自分が小学校~高校まで在籍していたボーイスカウトの団が出展していたのに遭遇した(当時の知り合いがいた!)ことなど、驚きもあった。
とはいえ、近隣に在住していない人には区民祭りのことなどどうでも良いだろうから割愛。
うちは昼ごろ行ったのだが、朝から来ているという知人に偶然会った。
そしたら、「警察で配っていたけど、そろそろなくなっていると思うからあげる」と、写真のハンドタオルをくれた。
…ロッキーくんだ。
妻がデザインした区の警察キャラクターだが、その後引っ越してしまったのでこんなグッズが作られていたとは知らなかった。
ちなみに、「防犯こぞう ロッキー」が正式名称。
戸締りを呼びかけているので、象の鼻が「かぎ」になっている。
Rocky ではなくて、Lock-key なのね。
せっかくなので、警察の出展ブースに行って「引っ越しちゃって連絡して無いけど、作者でーす」と挨拶。
別に引っ越して連絡取れないことで困っていることはなさそうな様子だったので、そのまま帰ってきた(笑)
でも、タオルはもうちょっとほしかったな。これ1枚しかないから。
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先週土曜日は、毎年恒例、子供の通う保育園の「食育フェスタ」。
まぁ、いわゆるバザーだな。普通と違うのは「食」をテーマにしていること。
元々、初代園長が「食育」に力を入れていたのだそうで、最初の食育フェスタは40年前に遡るらしい。
もっとも、当時は食育、と言う言葉もなく、「バザー」の一環で食べ物とかを売っていたらしい。
保育園のPTAは何らかの行事の手伝いをすることになっているが、僕は毎年食育フェスタを手伝っている。
料理するの好きだからね。
最初の年こそ餅つき係だったけど、それ以降はずっと焼きそば係。
焼きそばが一番大変、と言う認識なのだそうで、毎年10人くらい投入される。
僕はすでに「ベテラン」扱いにされているので、優先的に焼きそばに回されるのだ。
数年前までは、年中行事のほとんどを「PTA本部」が仕切っていた。
しかし、このやり方は本部の役員に非常に負担がかかる。
数年前、前PTA会長ががんばって組織の大幅改革をした。
現在は、運動会、食育フェスタ、卒業式、卒業文集がそれぞれPTA本部の下部組織として委員会になっている。
改革をした最初の年は、慣れないことだらけで大混乱だった。
しかし、数年たって前会長の努力は結実している。
昨年も、トラブルが少なく手際がよくなっていると感じたが、今年はさらに手際が良い。
焼きそばだけでなく全体の話ね。
焼きそばだけで言えば、委員会になる前までは、毎年売れ残りが多数、材料の配分が悪く、最後は野菜炒めを作る状態。
(これは当然売り物にはならず、終了後の打ち上げに供される)
委員会になった最初の年は、仕入先が変わって安い焼きそばを購入したら、粉末ソースが付いてなかった。
このため味が薄くなり、不評だった。
が、委員会は「そのことだけを専門に行う」ため、効率よく研究が進み、知識が蓄積する。
毎年反省点が記録され、同じ失敗を繰り返さないようになった。
(PTA本部がすべてを行っていたときは、わかっていても手が回らず、同じ失敗を繰り返した)
委員会前は、調理の下準備ができていなかった。
調理する傍ら、肉と野菜と麺を「20食分」測り(といっても、計量器はなく目分量)、調理していた。
朝の支度にも手間取り、焼き始めは開園してから。
最初からお客さんを待たせている状態なのに、昼ごろには「先生とお手伝いの昼ごはんの分」も頼まれ、お客さんを非常に待たせることになった。
今は、調理前に食材は「1回分づつ」に小分けして袋に詰められ、調理に専念できる。
的確な指示で朝の準備が終わり開園30分前から調理を開始できる。
これによって、関係者の昼ご飯分はストックしつつ、すぐにお客さんに対応できる。
昼時にはさすがにお客さんを待たせることになったが、長時間は待たせない。
食材の残りも出ず、綺麗に売り切った。
手際よく作られた料理は、味も良い。
毎年、焼きそばは「去年よりおいしかった」と言われるようになった。
#薄味で不評だったときの記憶が残っていて、そこと比べられている気もするが。
委員会の方に喜ばれたが、焼きそば担当としても、委員会が支えてくれたから気持ちよく調理できた、と言う気持ちがある。
委員会の方々にも余裕が出てきた。
最初の年は、終了後の打ち上げで感極まって泣いていたけど、ここ数年は朗らかに笑っている。
ところで、この保育園は地域とのつながりが深く、すでに子供が卒園したのにOBで手伝う人が多い。
一番のベテランは、この保育園の卒園1号というお年寄りだ。毎年焼き鳥を焼いて、売り上げを寄付してくださる。
前PTA会長も綿菓子を作っていた。(この綿菓子も、年々技術が上がっておいしそうに作れるようになった)
打ち上げでビールを飲みながら、あのとき苦労して委員会を分けた成果がそろそろ出てきましたね、と話しかけるとうれしそうだった。
これ、何気ない話だけど、仕事の委譲方法としていい事例だと思う。
形態を変えると、最初は経験が無い人がやることになるので混乱するし、周囲も反発する。
でも、その成果は必ず数年後に現れる。
PTAなんて、会長職も数年しかできない。
長いスパンで物事をみて仕事に取り組む、なんて面倒を起こすより、自分の代を波風立てずやり過ごすほうが楽に決まっている。
でも、前会長はあえて波風を立てたし、その成果が出る頃にはすでに会長をやめている。
前会長がこういう改革をした、と言うことすら、知っている人は少なくなっている。
誰に感謝されるわけでもなく、皆が笑える状態になったことを見て満足している。
これって、すごいかっこいい仕事の仕方だなぁ、とおもう。
ところで、年々手際がよくなって、唯一残念なのは、売れ残りが打ち上げで供されることがなくなったこと。
焼きそば担当の人は、「お手伝いのお昼ごはん」は焼きそばではないのね。カレーをもらえる。
(他の係りの人は焼きそば)
なので、焼きそば担当は焼きそばを食べないまま終了したりするのです。
#今年は、焼きそば担当の一人が「自分の金で買っておいた」と提供してくれました。
なので、焼きそば担当全員、作った焼きそばの味を知っております。
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別年同日の日記
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昨年の末にJAMSTEC の地球史カレンダーをもらい、日記ねたにした。
詳細はリンク先にあるが、「地球の歴史を1年間に縮尺したらどうなるか」という、よくあるネタで本当にカレンダーを作ってしまった、というもの。
学術的には正しい記述を心がけているようだが、カレンダーとしての機能がおかしかった。
存在しない日付が書かれていたりするのだもの。
でもね、僕は心のそこから、こういうのは「些細なこと」だと思っている。
作りたかったのは、地球史を身近に感じてもらうためのツールであって、カレンダーではないから。
カレンダーとして多少おかしくっても、かまうものか!
…とはいえ、ネタにしたというのは、やはりその本末転倒ぶりを面白がっている自分がいるわけです。
ある意味、JAMSTEC の悪口を書いたと思われても仕方が無いところ。
先日、妻の知人のJAMSTECの人が遊びに来ました。
実は食育フェスタの日だったので、僕はあまり話をしていないのですが。
で、翌日妻から、「そういえば」と話を持ち出されました。
僕の書いた日記、JAMSTEC でカレンダー作った本人が見つけて読んだのだとか。
…うぉ、やべぇ。
話を聞きながらあせりました。見つかると思わず書いているけど、気を悪くされたかな。
…とおもったらそうではなくて、本人いたく喜んでいた、とのこと。
取り上げてるブログがあったよ、と話題に上ったところで、知人が「友達の旦那のページだ」と気づいたとのこと。
で、「じゃぁ、次に遊びに行く時はこれもってけ」と渡されたそうで、JAMSTEC 謹製のお土産を多数戴いた。
せっかく戴いたし、取り上げて喜んでいただけたそうなので、ちょっと紹介しよう。
その1。
トイレットペーパー 「地球史ロール」
妻がトイレットペーパーコレクターなので、さっそく大切にしまわれており、まだ中身を見ていません。
中には、巻物のようにして地球の歴史が書かれているらしい。
#妻は、トイレットペーパーの「皮」…周囲の紙をコレクションしている。
外してしまうとしわになりやすいので、落ち着いて作業する時間が取れるまで、皮を外さない。
地球史を50mのトイレットペーパーにたとえると、人類の文明は 0.1mmという話があるのだけど、もしかしてそれを実際に作ったのではあるまいな!?
その2。
プレート地図パズル。
地球はいくつかのプレートにわかれ、動いている。
大陸移動説における、プレート仮説だ。
いや、「仮説」じゃないかな?
僕の子供の頃には有力仮説だったが、現在ではほぼ認められているので、「プレート理論」でいいのかな?
まぁ、プレートが分かれているのだから、地図をプレートにしたがってばらばらにしてしまえ、と言うパズル。
プレートって、大きさが結構ばらばらなので、ピースの特徴が出すぎてパズルとしての難易度は非常に低い。
というか、パズルとして成立しないレベル。
「実際分かれているのだから、地図をばらばらにしてみた」という、ほぼ出落ちに近いアイディア。
こういうくだらない(失礼)ものを実際に作るセンスって、好きですよ。
ところが、とある研究者の息子さん(小学校6年生)は、このパズルをもらって「ファンデフカプレートがない」と指摘したとか。
ファンデフカプレートは、最小のプレートで、小さすぎるために北アメリカプレートの一部という扱いにされてしまうことが多いものです。
しかし、小さいからこそ研究が進み、プレート仮説を多くの人に認めさせた重要なプレート。
…だそうです。(パズルをもらってから調べて知りました)
指摘した子供、すげー。
もらったのはこの二つだけど、ついでなので以前もらった絵本について。
同じ作者さんのもので、「しんかいくん」についてはサイン入りをもらっています。
内容も大体一緒…というと語弊があるな。
「くじら号」のほうは、小学校中学年くらい向けに書かれています。
実際の写真などをふんだんに使い、ストーリー仕立てで深海の生物などについて書かれています。
こちらは市販もされているだけあり、まぁ常識的な内容。
特筆すべきは「しんかいくん」のほう。3歳児くらい向けの絵本で、絵柄も非常にかわいいです。
残念ながら市販されていません。興味のある方は、図書館などを探してみましょう。
お子さんのいる方は、3歳くらい向けの絵本と言うのがどういうものかわかると思います。
非常に簡単な内容で、絵を見て楽しむ要素が強い。
象の鼻だけ見えて、次のページをめくると象がいる、とか、そういう「想像通りになった」ことを楽しむのが普通で、お話を楽しむようなものではないです。
しかし、「しんかいくん」は一味違う。
「あ、あれはなんだろう?」と書かれて、一部が見えている、と言うようなシチュエーションはちゃんと3歳児向け。
だけど、ページをめくると「すけーりーくんだよ」とか、「おおぐちくんだよ」とか、子供が絶対知らないような深海生物が出てくる。
うちの子は、先に「くじら号」を読んでいたので(もらった時期に3年くらい差がある)楽しんで読んでいましたが。
お子さんにお薦め…はしません (^^;
でも、「しんかい6500」が主人公の絵本なんて、科学好きなら一読の価値はありますよ。
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別年同日の日記
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先日、区民祭りで山形の玉こんにゃくを買い食いした。
うちの子はこれをいたく気に入り、また食べたいといった。
特に長女はこんにゃく好きで(長女の食の好みは大人びていて、少し苦いものも好きだ)、以前から近所の店で売っている(食材としての)玉こんにゃくを、いつか買ってやろうと思っていた。
じゃぁ、家で作ろうか、と買出しに行く。
200g の袋と、1kg の袋がある。なんでこう極端なんだ。
200g じゃ家族5人で食べたら一瞬だろうと、おそるおそる 1kg の袋を買う。
こんにゃくだけでは、おやつにはなっても夕食のおかずとしてはさびしいと思い、鶏肉を入れた。
「おいしい」と大好評で、夕食2回でなくなった。
こんにゃくは味が染みにくいので、1日目も時間をかけて料理した。
(時間だけかけているのがミソ。手間はかかっていないので大変ではない)
でも、2日目はもっとうまかった。
おいしかった、また食べたい、と言う声に加え、妻が「つゆが美味しかったので、これで大根を煮たい」という。
えーと、じゃぁもう一度、今度は大根入りで作ろうか。
…というわけで、以前のつゆに継ぎ足して、さっそく先ほど作った。
味が染みるのをまって、今日の夕食になる予定。
「男の料理」のコーナーもぜんぜん更新していないが、ここにレシピを記しておこう。
・玉こんにゃく 1kg 。実は業務スーパーブランドの安物。
・鶏もも肉 1kg 。これも、業務スーパーで 2kg の冷凍品を半分にした。
・大根1本。先日保育園の食育フェスタで地元野菜を買った。
・砂糖たくさん
・醤油たくさん
・すりおろし生姜(チューブで十分)それなり
・水
1)
こんにゃくは、沸騰したお湯で少しゆでる。臭み抜き。30秒くらい。
ゆでたら水を切る。
2)
こんにゃくをフライパンで乾煎り。水分を飛ばして味を染みやすくするため。
3)
こんにゃくを大きな鍋に、新しいお湯にひたひたくらいにつける。
入れたら砂糖ドバー。たっぷり入れよう。軽く混ぜておく。
味が染みにくいこんにゃく、特に染みにくい砂糖をゆっくりしみさせるため。
4)
鶏肉を一口大にきって、フライパンで炒る。油は不要。
完全に火を通す必要は無い。表面が白くなったら、3) の鍋に入れる。
1kg もあるといっぺんにはできないから、2~3回に分けて行ってよい。
5)
大根を乱切りにして、3) の鍋に入れる。
水をどばどば入れて、大体食材がつかるくらいに。
あとで醤油入れてひたひたになるくらいにしたいから、水はちょっと足りないくらいに。
6)
火にかけて沸騰したら、もういちど、砂糖ドバー。
こんにゃくは味が染みにくいから、つゆは味が濃い目くらいでよい。
全体を混ぜたら、1時間ほど放置。
煮物はさめるときに味が染みるものです。
7)
もう一度火にかけてお湯を温める。
醤油どぼどぼ。すりおろし生姜を好みに応じて。
全体量が多いから結構多めに入れないと味がしません。
料理の「さしすせそ」の「さ」は砂糖、「せ」は醤油(せうゆ)。
醤油を入れると塩分で食材が固くなる。砂糖は分子量が大きいので、固くなった食材には染みない。
だから、先に砂糖だけで1時間ほど置いた。面倒でも時間を置くこと。
で、また1~2時間放置。
8)
味を染み込ますために、もういちど温めて1~2時間放置したいところ。
9)
食べる前にもう一度温める。
こんにゃくは熱いほうがうまい。
先に書いたとおり、1度目は大根入れないで作った。
鳥の皮から油・コラーゲンが出るし、鶏肉からものすごい出汁が出る。
これだけ鶏肉入れれば、立派なチキンスープだよな。
こういう、濃厚な動物性の出汁には、あっさりした大根が良く合う。
それが、妻の「大根煮たい」発言に繋がる。
ぶり大根がうまいのと同じ理屈。
つゆがたっぷり余ったら、ごはんをいれて雑炊にするのもうまいと思う。
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別年同日の日記
申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています。 |
僕の一番古い記憶。
幼稚園に入る前…なので、たぶん3歳。(2年制幼稚園に通っていた)
幼稚園に行く、ということのうれしさと不安で、庭で洗濯物を干す母を、部屋の中で見ながら話しかける。
幼稚園楽しみ。行ったら友達たくさんできるかな…。
幼稚園に入ってからの記憶。
家の近所の側溝が妙に気になる。
その中に、自分の靴が落ちている気がするのだ。
側溝のふたに開いた穴から中を覗くが、靴など落ちていない。
場所が違うのかも、と、その周辺を良く覗いていたが、どこにも無い。
そもそも、側溝のふたの穴(昔はよくあったコンクリ製のふたで、外すための持ち手として両脇が欠けていて、並んだ状態ではそこが穴となっている)から靴など入るわけが無いのだ。
自分の靴を脱いで穴に当ててみる。ぜんぜん入らない。
なぜこの穴から中に靴が落ちた、と思っているのだろう?
しかしどうも気になるし、穴の中に落ちている靴を覗いていたことがある気もするのだ。
幼稚園の間気になっていたように思う。小学校に上がるころには、きっと夢だったのだと思うようになった。
さて、大人になって子どもができて、いろいろなことに気づいた。
幼稚園の頃の記憶、自分の中では「つじつまが合わない」ために夢だと思っていた。
一番古い記憶は幼稚園に入る直前のものだと、子供が生まれるまで信じていた。
でも、子供を観察していたら、合わないと思っていたつじつまが、次々に合い始める。
他の記憶として、自分が走るたびに母親に「何もなくても転ぶんだから気をつけなさい」といわれた思いがある。そして、実際良く転んだ記憶もある。
これ、2歳くらいの記憶だ、と気づいた。
歩けるようになる1歳過ぎでは、まだ走れない。でも、2歳くらいで走るようになった子供は、バランスを崩して何も無いときに転ぶ。
1歳半くらいの子供の靴は、とても小さいし柔らかい。
そう、「側溝の穴」に押し込めるほどに。
そして、この頃のこどもは、「ぽっとん遊び」が好きだ。
小さな穴に、何かを入れて落とす遊び。
赤ちゃん向けおもちゃにも、それを作りこんだものが非常に多いし、小さな穴が空いた箱と紙くずでもあればそれで十分。しばらく遊び続けている。
また、1歳半くらいのこどもは、「目の前のこと」には敏感だが、先のことに思いが及ぶほど頭がよくない。
「靴が入っている」はずと思っていた側溝は、ただ入っているはずではなく、「自分で押し込んだ」気がしていた。
たしか、靴が穴に引っかかって脱げてしまったのだ。
穴に入りかけた靴を見て、自分で押し込んだら中に落ちて取れなくなった。
「自分のもの」が「手の届かないところ」にある。どうにかしないといけない、という気がした。ずっと穴を覗き込んでいた。
これが強い記憶となって、自分で外に出て遊んでもよくなった幼稚園の頃、「側溝が気になる」状態になっていたのだ。
何度も覗き込み、探しても見つからなかった。
だから「夢だったのだろう」と思ったのだが、なんのことはない、どぶ掃除の際にでも捨てられただけの話だろう。
大人になると、いろいろなことがわかるので「つじつまが合わない」と思っていたことが間違いだったと気づく。
そして、「自分の一番古い記憶」は更新された。どうやら1歳半の記憶だ。
ちなみに、妻の一番古い記憶は6ヶ月くらい、と推定される。
天井に写る、レースのカーテン越し(?)のゆらめく光を眺めていた覚えがあるそうだ。
風がそよぎ、レースがゆれると光も動く。周囲には音は全く無い。
ずいぶん不思議だな、と感じて見ていた記憶があるそうだ。
ただ、不思議だから眺め続けていただけでなく、ほかに何もやることがなかった、という思いも残っているらしい。
上を向いているしかない。寝返りをうてるようになる前の記憶だ。
音が無いのは、おそらくまだ言葉を理解していなかったからだろう。
カーテンが風でそよいでいたのなら、窓は開いている。
周囲に本当に音がなかったわけではなく、その音が理解できないから記憶に残らなかった、という推察。
妻が保育園の他の子の保護者と雑談していて、この子達は、大きくなって保育園のときを思い出すのかなぁ、という話になったそうだ。
しかし、自分が保育園・幼稚園時代のことを全く覚えていない、という人が多く、だから自分の子供も忘れてしまうのだろう、という話の流れになったらしい。
そこで、妻が「6ヶ月くらいと思われる記憶がある」と言ったら、かなり驚かれたらしい。
妻の「6ヶ月」というのも、自分の「1歳半」というのも、自分の子や、保育園の他の子たちの行動を見ていての推察だけどね。
さて、自分の子供たちはいったい、どのくらい小さかったときのことを覚えているのか。
8歳の長男は、5歳くらいのときまで「2歳の誕生日にプレゼントを買ってもらって、とてもうれしかった」記憶があったようで、時々その話をしていた。
しかし、8歳の今では、その記憶自体を忘れてしまったようだ。
もしかしたら、忘れたと思っていても、子供ができて行動を観察していたら思い出す、というようなことがあるかもしれない。
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