NHK E テレ(教育放送)で放送している子供向けの料理番組(…ほぼ名指しだな)で「イチゴは野菜か果物か」なんてクイズをやっていた。
答えは野菜、といわれて、長女(もうすぐ5歳)が驚いている。
「イチゴは野菜なの?」と僕に尋ねる。
理科の勉強ではね、と答える。
野菜といっても間違いではないけど、くだものといっても間違いではない。
だから、くだものって思ったままでいいよ、と教えると安心したようだ。
イチゴが野菜だというのは、植物学的な知識に基づく「一方的な」見解に過ぎない。
「くだもの」とは「腐(くた)るもの」という古語からきている、という説がある。
甘くてやわらかい草木の実は、すべて「くだもの」だ。
これに従えば、イチゴもスイカもバナナもトマトも、みんな「くだもの」だ。
#別説に「木(く)だもの」の意味、というのもある。「だ」は、「の」とおなじ意義。
この場合も、木のもの、と呼んでいるが、草木の実一般を呼ぶことに異論は無い。
果物、と書くとき、「果」は木の上の田、つまり木に付いた収穫物(=実)を示す。
…と書くと、やっぱりイチゴは木ではないから野菜だ、という人が出そうだ。
しかし、「果物」は漢語由来で「かぶつ」と読むのであって、これを「くだもの」と読むのは、漢語に対して、似た意味の大和言葉を当てはめたに過ぎない。
むしろ、古文では「くだもの」に「菓子」の字を当てている。「果」の字の上に、さらに くさかんむり が付いている。木の実だけでなく、草の実も含むのだ。
菓子は後に違う意味に転用されるようになったので、くだものは「水菓子」と呼ばれるようになったが、後に「果物」に「くだもの」の音が当てはめられた。
同様な話題で最近よく聞くのは、「イチゴの食べる部分は実ではなく、種だといわれている部分が実」だという話。
これも植物学的には正しいが、一方的な見解に過ぎない。一般には食用に適する部分を「実」と呼ぶのだから、食べている部分は実で構わない。
「くだもの」も「実」も、言葉は植物学の発達以前から存在している、ということに気を遣わなくてはならない。
植物学の発達により、より厳密な定義が必要になったので、言葉を再定義した。
その結果、今まで使っていた言葉と意味が異なってしまった。だから、この言葉は「植物学者」の間でのみ通用するもので、一般的なものではない。
学問の発達による言葉の再定義は珍しいことではない。
専門家が使う用語は、一般的な用語と同じように見えても、違うことがある。
この「あたりまえのこと」を踏まえていれば、イチゴが野菜か果物か、とか、どうでもよい論争をしなくてすむようになる。
植物学では野菜だけど、普通はくだものって呼ぶよ、というのは「正解は野菜」というよりも、はるかに正解に近い。
そして、逆もまた真なり。自戒もこめて…
専門家は話をする際に、わかりやすく伝える努力をしなくてはならない。
この日記、もとは上の話は「おまけ」で、メインは昨日の嵐の話だった。
でも、わかりやすいので上の話をメインに挿げ替えた。
昨日の嵐、事前に気象庁が警告を出していた。
前日の新聞にも、「970 hPa の爆弾低気圧」が関東付近を通るので、嵐になることが書かれていた。
970 hPa ってのは大事だ、と我が家では話題になったのだが、新聞ではこの記事の扱いは小さかった。
気象庁は確かに正しい用語で警告を出したのだけど、それは気象学での用語の話だ。
危機感を伝えたければ、嘘を承知で「超大型の台風」と言わなくてはならなかったように思う。
#通り過ぎた後の発表では「超大型の台風並だった」としていた。
もしかしたら、気象庁発表は変わらないまま、ことの重大性に遅ればせながら気づいた新聞社が気を利かせただけかもしれない。
メインとサブの話をすげ替えたけど、「おなじ話が近いうちに2個あった」のではない。
こんな話、毎日2個も3個もある。
日本人はコミュニケーション下手だ。
もっと相手に伝える努力が必要だ。
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