料理文化と火の使い方
目次
IHの話
さて、和洋中の火の使い方を見てきました。
IHは、「丸底の鍋は使えない」「鍋を置いている間しか熱くならない」など、フランス料理の火の使い方に適していることがわかるかと思います。
ではそれ以外の料理は出来ないのか? といえば、もちろんそんなことはありません。ここで火の使い方の「文化」を長々と論じてきたのは、料理に使われる動作の一つ一つの意味を知ってほしかったからです。
たとえば、中華料理の「火をくぐらせる」動作。これは、鍋の熱い部分に食材を移動する、食材を混ぜる、水蒸気を飛ばす、という3つの動作が一体となったものです。
IHで同じことをやりたい場合、フライパンを使うことになります。火力はガスより強火に出来るため、「熱い部分に食材を移動する」必要はありません。そして、鍋は置いたまま、食材を持ち上げて落とします。チャーハンなどの場合、両手にヘラを持って持ち上げて落とすと良いでしょう。これで混ぜる、水蒸気を飛ばす、の動作を同時に行うことが出来ます。
フレンチでは弱火を多用しますが、こちらはガスよりもIH向けです。最初に書いたとおり、IHはフレンチに近い概念で考えられていますので。
一番弱火にした場合、「湯煎した程度」の温め方しかしません。そのままバターやチョコレートを溶かしても焦げないくらい。
ガスだと、古いコンロでは「絹火」(とろ火より弱い状態)にでも出来ました。でも、あまり弱火にして火が消えると危険なので、最近のコンロでは余り弱い火にはできないようになっています。
魚焼きグリルに関しても…これは、実のところ「IH」ではなく電熱線ヒーターですが、ガスと違って燃焼しないので水蒸気は出しません。そのため、上下から熱を加えても問題なく、ガスの魚焼きグリルよりもむしろ「七輪で炭で焼く」状態に近いです。
魚焼きグリルというより、事実上電気オーブンに近いものだと考えたほうが良いでしょう。パンやピザ、ケーキまで焼ける機種もあります。(「そういうレシピを考案できるか」というだけの話だと思うが)
餅や海苔は焼けるのかって? …いや、駄目です。IHも万能ではないです。というか、フランス料理のストーブでも焼けないし。まぁ、通常はラジエントヒーター(IHではなく、電熱コンロに近い)が付いているので、そこで焼くことは可能です。もっとも、先にあげたようにガスコンロでも水蒸気が出るので、本来の意味で「海苔を焼く」(水分を飛ばしてパリッとさせる)のには適していません。焼きたいなら炭火でなくちゃ。
同じく、焼きナスもできません。トマトやピーマンの火剥きもできません。ラタトゥイユとか作る時は、ピーマンの皮剥いたほうがいいんだけど…。まぁ、これもラジエントヒーター使えば出来るのだけど、実際「わざわざそこまでしないでもいい」と思って僕はラジエントヒーターを一度も使っていません。
存在するのは「中華の技法」「フレンチの技法」「和食の技法」です。本来は中華の竈やフレンチのオーブン、和食の囲炉裏などもありましたが、すでにどの世界でもガスコンロが主流。
ガスコンロが出てきたときも、技法の意味をちゃんと理解した一流の料理人が、ガスコンロ用に技法を新たに作り直したはずです。そしていま、IHでも同じことが行われています。
「プロはIHを使わない」なんて人もいますが、そんなことは無いです。すでに帝国ホテルやホテル・オークラなど、フランス料理の名店でも全面的にIHになっているそうですし、中華料理人の陳健一は「厨房が暑くならない」と全面的にIHを支持しています。
ただ、「技法の作り直し」には時間がかかり、料理人が慣れるまでは味が落ちてしまう可能性があります。プロとしてはこれは致命的なデメリットです。陳さんの言うように「厨房が暑くならない」というメリットがあったとしても、採用している人が少ないのはデメリットが余りにも大きいから、という理由もあるのでしょう。
ともかく、IHは所詮道具です。IHだからこれが出来ない、IHだからおいしい○○は作れない、ということではなく、最終的には料理をする人の腕なのです。