再び掛川  2003/7/17 9:00  「袋井」まで 9.5Km

3ヶ月ぶりの掛川に到着したのは、9時ちょっと前でした。

妻は掛川駅前は通っていないため、初めて見る光景です。僕も、前回は足の痛みで余裕がなかったのであまり風景は記憶していないのですが…


駅前から掛川城へ向かう途中に、老舗の葛菓子屋さんがあります。前回の最後に、「お土産を買おうか」と考えた店です。

「葛菓子食べてくでしょ?」と妻に尋ねると「どうでもいい」とそっけない返事。え? 前回あんなに悔しがっていたのに? 「あれは、悔しがったほうが話として面白そうだったから悔しがってみせただけ」。なんじゃそりゃ (^^;

しかし、僕はもう食べる気になっているので店を覗くと…まだ準備中のようでした。9時じゃまだ開いていないか…。というわけで、染飯に続いて葛菓子も終了。食いっぱぐれが続きます。


伊藤菓子舗掛川城の手前で左折し、旧東海道に入ります。さて、いよいよ旅行も本番…と意気込んだ瞬間、開いている和菓子屋さんを見つけました。葛菓子専門店ではないけど、掛川なんだし葛菓子売っていないかな?

扱っているのは主に葛湯。でも、葛餅もありました。普通の葛餅と抹茶葛餅の2種類があったので、2つ購入することにします。各250円で、税込み525円。

まぁ、こちらは老舗というわけではないようですが、とりあえず掛川で葛餅買った、ということで目的は達成か?


その後、あまりにも「城下町風」すぎる清水銀行に驚いたりしながらも掛川宿のはずれ、大池橋まで歩きます。ここが広重が描いた地点です。

広重「掛川」現在の「掛川」



広重の絵には「秋葉山遠景」という題がついています。秋葉山というのは火除けの神として信仰されていた秋葉神社のある山で、大池橋はその秋葉山に向かう秋葉街道の起点となっていました。

ここまでの旅行記では触れていませんでしたが、興津を越えたあたりから、街道沿いのいたるところに「秋葉山常夜灯」が立っています。あまりに多くて、いちいち書こうとも思わないくらいに(笑)

この常夜灯は、秋葉山にお参りする人が夜でも歩けるようにするためのものです。現在残っているものはしっかりした石造りのものがほとんどですが、広重の絵には橋のふもとに木製の常夜灯が描かれています。


「ところで、お腹すかない?」と、唐突に妻に尋ねます。瀬戸の染飯と葛餅を食べるつもりで朝ご飯を少なめにしているので、歩き始めてすぐなのですがお腹がすいてきました。「お腹ねぇ。すいたというか…アイス食べたい」

「はぁ? いきなりアイスぅ?」と素っ頓狂な声を出すのは僕。妻は暑いのが苦手で、歩き始めてすぐにすでに冷たいものが欲しくなっている模様。なにを食べるかはともかく、朝ご飯がおにぎり二個じゃ足りない、ということで意見は一致したので、9時半頃、見つけたサークルKに入ります。

大池一里塚買ったのはおにぎり2個で304円。一つは、おにぎりと言うより巻き寿司みたいな奴ですけどね。

「いわゆるモバイルおにぎり(笑) って奴?」 いや、数年前にどっかのコンビニが、片手で食べられる巻き寿司をそんな風に宣伝していたなぁ、というだけなのですが。そんなバカ話をしながら歩いていきます。歩き始めたばかりでまだ元気です。

そのまま10分も歩くと、大池一里塚を発見しました。



掛川・袋井間の松並木1時間ほどあるいた10時30分、掛川・袋井間の松並木に入ります。昔のままと言うには程遠く、松も最近改めて植えられた物が多いですが、旅の気分を盛り上げるには十分です。

「ちゃんと歩道と車道も分けてあるし、こういう道は歩いていてうれしいよね」と歩きながら話していると、松の根元で手入れをしていたおばさんに話しかけられました。

「あんたたち、どこからきたの?」 どう答えようか迷い、今日は掛川から歩いていて、日本橋からずっと歩いて来ている、家は鎌倉、と長い説明をします。

「掛川からなら、まだまだだねぇ。どこまで行くの?」 磐田までと答えると、頑張ってね、と言われます。わずかな会話ですが、こういう地元の人との会話に徒歩旅行の楽しさを感じます。


どうやら、松並木の手入れは近所の人のボランティアで行われているようです。

静岡は県を上げて旧東海道の整備を行っていますが、実際には協力的でない自治体もあるようです。しかし、ここらへんから袋井まで案内板も多く用意されていましたし、周辺住民も積極的な様子。


久津部一里塚さらに10分ほど歩くと、久津部一里塚を発見しました。まぁ、前の一里塚から1時間歩いていますからね。

この一里塚は、袋井東小学校の校内に作られています。なんでも小学校創立百年の記念に、学校の敷地の端にあったはずの一里塚を復元したのだとか。小学校が創立記念に一里塚復元って…なんかすごいな。



ところで、袋井宿は27番目の宿で、東海道のちょうど まんなか の宿となります。

袋井東小学校そこで袋井が町おこしで掲げているのが「東海道五十三次どまん中」というキャッチフレーズ。

ここ、袋井東小学校も、なぜか校門に「東海道五十三次どまん中東小学校」と掲げられていました。どうやら、「袋井」をすべて「東海道五十三次どまん中」で置き換えるつもりらしい(笑)


すでに地名は袋井になっています。東海道の旅もいよいよ折り返し地点。足取りも軽く袋井宿を目指します。

(ページ作成 2003-07-27)

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