古くならない機械
X68kが発表されたとき、開発者は自信をもって「5年先を見越した設計にしました」と語ったと伝えられています。(実際に発表現場にいたわけではないので事の真相は知りませんが)
この言葉は後に独り歩きを始め、「5年は古くならない」「X68kは5年間は設計を変えないらしい」となっていくわけですが、事実としてX68kは10年たったいまでも変わらぬ設計のまま、なお多くのユーザーが使用しています。
でも、これって、なんか他の機種でもあったような・・・
「すべての環境が同じだったら、ユーザーは機械の違いを気にすることもなく、道具としてパソコンを使うことが出来るだろう」
そう、それは最初のMacintoshの思想と似通っています。そういう目で見ると、X68kに はMacintoshに触発されたとしか思えない部分が非常にたくさんあります。
そこで、今回は、デザインとしてのX68kの話です。
目次
写真はEXPERT(3代目)だが、この独特の形状は初代から5代目のSUPERまで受け継がれた(PROシリーズは横置きの、通常の形状であったが)。 それ以降は多少デザインが変化するが、基本的な「縦置き」スタイルは受け継がれた。 本体は正面から見ると2つのタワーが立ち並ぶようになっており、左のタワーにはディスクドライブ、右のタワーにはインジケーターランプ見える。 このスタイルはニューヨークの世界貿易センタービル「ツインタワー」にちなみ、マンハッタンシェイプと名付けられていた。 |
Macintoshにあこがれて
開発者がどう考えていたかわかりません。しかし、私はX68kはMacintosh(以下Mac)をかなり意識して作られたと見ています。主観に満ちていますし、穿ちすぎの見方もあるでしょうが、以下に列挙していきたいと思います。
CPU
X68kで使用されている68000は、Macで使用されて有名になったものです。
もっとも、当時選択可能なCPUのなかでグラフィックを扱うのに十分な性能を持ったも のと言うと、これくらいしかなかったのですが。
CPUについて追記 2015.5.21
記事を書いてから20年近くがたち、当時は「当たり前すぎて書いていなかった」ことがわかりにくくなってきました。
なぜ 68000 はグラフィックに強いと言われるのか、よくわからないと質問が来たので追記します。
当時、一般的にグラフィックスは 8~16色、解像度も 320x200 程度の時代でした。
しかし、一部にはこれらを上回る機種もあり、色数や解像度を上げる競争はすでに始まっていました。
色数や解像度を上げるということは、それを保持しておくメモリ容量も増加します。
しかし、当時の主流 CPU であった Z80 や 8086 では、64Kbyte 以上のメモリを連続してアクセスできない、という問題がありました。
たとえば、320x200 ドットで 256色なら、64Kbyte 弱のメモリが必要です。これ以上の色数・解像度を求めると、8086 では複雑な仕組みが必要となります。
640x480 で 16色、というだけで、150Kbyte のメモリとなっていました。この場合、実はメモリを4つに分割して扱っています。
68000 は、16Mbyte のメモリを、連続して扱えました。
たとえば、X68000 で 512x512 、65536 色の画面は、1画面で 512Kbyte になります。8086 では8分割しないと扱えないことになりますが、68000 なら何の苦労もなくアクセスできます。
これが、「グラフィックに強い」と言われていた主な理由だと思います。
もっと詳細を知りたい方は、別記事に書きましたので、ご参照ください。
(追記終了)
OS
X68kのOSには、MS-DOS似のコマンドラインシェルのほかにMac似のVisualShellが用意されていた。右下にごみ箱が位置する点までMac似だが、同一メディア内のファイルコピーをごみ箱の上の「コピー機」で行うなど、操作に洗練されていない点が多い。 |
X68kのOS自体はMS-DOSに酷似したものになっているのですが、そのシェルの1つである「ビジュアルシェル」は単色(色調は変更可能)のウィンドウシステムになっていました。これがMacを真似したものだというのは、誰の目にも明らかでした。
もっとも、あくまでシェルに過ぎなかったため、統一されたAPIが用意されたりしてい たわけではありません。
電源
状態を表わすインジケーターは1ヵ所にまとめられている。POWERランプは使用中は緑色に、使用はしていないが通電している状態では赤色に点灯する。 隣のTIMERランプはアラーム起動が設定されていることを示す。 |
電源スイッチがただの割り込み線に過ぎない、というのは、正確にはMacではなく、MacIIの作法です。
ともかく、X68kは微弱電流によってリレーを動かす事で起動します。微弱電流は正面のスイッチを押す事でも発生出来ましたが、内蔵時計のアラームで起動したり、外部からの電流で起動したりする事も可能でした。
また、電源の遮断もソフトウェアで行います。やはり正面の電源スイッチが割りこみを発生させるため違和感の無い操作が可能でしたが、実際はソフトウェアで処理されています。
そのため、ハードディスク動作中に電源を切るなどと言う事はやろうにも出来ませんでしたし、時間のかかる処理を行った後で自動的に遮断したりという事も可能でした。
フロッピーディスク
今では5inchドライブを知らない(忘れた)人も多いのだろうが、通常の5inchドライブには大きなノブがついており、それをロックすることで機械的にディスクが使用可能になった。 しかし、X68kのドライブにはノブは見当たらない。スロット下に、小さなイジェクトボタンが控えているのみだ。(このボタンすらも、機械的な機構ではない) 機械的なロックはメディアが挿入されると自動で行われるのだが、その際にディスクの向きを間違えて挿入すると、自動的に吐き出すという仕組になっていた。 |
Macが3.5inchのディスクだったのにたいし、X68kは5inchでした。にもかかわらず、両 者の構造は似通っています。
マックの3.5inchドライブには、オートインジェクト・オートイジェクトという特徴が ありました。これはそれぞれ、途中まで差しこんだディスクを完全にセットする機構と、ソフトウェアからディスクの排出が出来る機能です。
それにたいし、X68kのドライブはオートロード・オートイジェクトを備えていました。普通の5inchドライブはメディア挿入後に蓋を閉めたりノブをまわしたりする事でディス クを固定する必要があったのですが、X68kではこれを内部で自動的に行います。
オートイジェクトの方は、これも電源と同じく本体に割り込みを起こすスイッチがついています。もちろんソフト制御でディスクを排出することも可能ですが、事実上は本体に手を伸ばして行うことが多く、Macほどには作法は徹底していません。(これはソフトウェアの思想的な面もありますが)
このスイッチの中にはLEDが入っており、ソフトウェアからこのランプの点灯 を制御出来ます。
ディスクを抜いて欲しくないときにはランプを消して割りこみルーチン内でディスク排出を行わないようにしたり、ディスクの交換をしてほしいときは自動で排出してランプを点滅させる、などのルーチンは内部ROMに用意されていました。
キーボードとマウスの関係
マウスとキーボード(部分)。 マウスは内部的な機構を回転出来るようになっており、マウスの角度を自分の使いやすいように調整できる。また、スイッチによってボールを底上げし蓋を外すとトラックボールになるという、面白い仕掛けを持っている。(写真はトラックボール状態) ボタンは2つだが、トラックボールとして手に持つ場合に押しやすいように側面にも等価なボタンがついており、見た目の上では4つボタンである。 |
X68kにはマウスが標準装備されていました。いまではあたりまえの話しですが、日本のパソコンでは当時非常にめずらしい事でした。
内部ROMにもこのマウスをサポートするルーチンがいくつか入っていますが、非常に特徴的なものにソフトウェアキーボードがあげられます。これはテキスト画面(X68kのテキストはビットマップです)にキーボードを表示し、マウスでキー入力を行えるようにする機能です。同等のプログラムはMacにも標準で添付しています。
また、マウスをキーボードに直列に接続出来る点もMac(SE以降)に似ています。
ただし、Macの場合はADBバスというシリアルバスを使用したデイジーチェーンとなっており汎用性が高いのですが、X68kでは汎用性はまったくありません。それどころか、キーボードに接続したときと本体に接続したときで、ハードウェア的には別の扱いとなります。
(これによって2つマウスを使用するゲームが作れた・・・というのは事実ですが、苦しい言い訳でしょう。ソフトウェアを見る限り、この2つは等価なものとしてデザインしたかったのだという跡が見えますから)