最後の「パーソナル」コンピューター
早いもので、X68000(以下X68k)が発売されてから10年が経とうとしています。
1986年の暮れに発表、翌年春に発売されたこの機械は、ありとあらゆる意味で他のマシンと一線を画していました。
ホビーマシンに16bitを投入したことも初めてでしたし、オートロード/オートイジェクトのフロッピーディスクも、マウスが標準添付だということも、モニターを含めたトータルデザインも、豊富な音源、豊富な色数も、膨大なメモリも、本当にすべてが初めてだったのです。
そして、すべてが初めてのマシンには、ソフトも1本もありませんでした。ここでも、ユーザーは1からのスタートでした。
ソフトなどなくてもマシンの魅力だけで集まるユーザーは多くいました。ホビーマシンとは、もともとそうしたものです。そして、10年前の性能のままで、いまでもX68kを使い続けるユーザーは山ほどいます。それは、いまでもX68kを超える魅力を持つマシンがないためです。
今回から数回にわたって、このX68kシリーズを紹介します。
目次
第1回 最後の「パーソナル」コンピューター
第2回 今、黄金のマスクが甦る
第3回 古くならない機械
第4回 プログラマーのために
第5回 UNIXを指向せよ!
第6回 X68000物語
写真はX68kシリーズの2代目、X68000ACE(黒)。 初代とACEの初期出荷分は灰色のみで、その後黒が主流となって行く。ただし、3代目のEXPERTまで灰色モデルは存在した。(傍流モデルのPROも灰色と黒があった) 縦置きでモニターとトータルの大胆なデザインで黒・・・最近になってAT機で人気のデザインの特徴だが、この点でもX68kは10年早かったといえる。 |
テレビからの発想
X68kを作った「シャープ テレビ事業部」は、名前の通りコンピューターを作る部署ではありませんでした。シャープにはちゃんとコンピューター部署がありそこではMZシリーズを作っていました(後に統合)。
ですから、テレビ事業部の作るパソコンは、発想がどこか他のパソコンと違っていました。普通のパソコンが、計算機が発展して画像表現能力を伸ばしたのに対し、テレビ事業部のXシリーズ(X68kの前にはX1というパソコンを作っていました)は、画像表現がまずあり、その制御のためにCPUを導入した、という感じなのです。
X68kも、Xシリーズの系譜ですから画像表現を重視しています。
まず、テレビ事業部の面目躍如、専用ディスプレイテレビが発売されていました。通常はX68kはこのテレビをモニタとして使用します。(ちゃんと別のモニタも使用できますが、性能に制限が出ます)
このディスプレイは、以下のような特徴を持っていました。
- コンピューター画像とテレビ画像のスーパーインポーズ(重ね合せ)が可能
実はテレビ側に回路が入っているため、出力機器であるはずのディスプレイに、ビデオ録画用の出力端子がついていました。
- X68kからテレビを制御可能(音量、チャンネル等)
これは、ソフトでも可能でしたし、電源を入れていないときでもキーボードからテレビを制御することが可能でした。
- 3種類の画像周波数を自動追従
15Khz、24Khz、31Khzの3種類の周波数の画像を表示できました。(当時は、今のようなマルチスキャンモニタはなく、3モードスキャンでも珍しいものでした)
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スーパーインポーズ画像を録画するための「モニター出力」と、X68kからテレビを制御するための「テレビコントロール」がある。 後期に発売されたモニタでは、出力端子をなくして安くしたものもあった。 |
そして、X68kは特にこの3番目の特徴を活かして豊富な画面モードを持っていました。システムが標準で用意したものだけでも、表示解像度で
1024×848、1024×424、768×512、512×512、256×256
の5種類、これに、同時発色数、実画面(表示されない部分も含めたグラフィック画面)サイズ、グラフィック画面の枚数、表示周波数の組み合わせがあり、実に18種類以上(機種によって多少変わる)という数になります。
実際には表示解像度はこれ以外のものも表示可能でした。ただ、テレビの性能がついてこれなかっただけです。後になり、マルチスキャンディスプレイが安く入手できるようになってから、表示解像度はほぼ自由自在に変更できることが解明されています。
業務用ゲーム機のように
実は、これほどの画面モードを作り出すために、X68kは表示用メモリ(V-RAM)だけで1Mbyte以上も搭載していました。当時はメインメモリ640Kが標準の時代です。
そのうちわけは、横方向ビットマップに512K、縦方向ビットマップに512K、スプライト用に32Kです。
横方向ビットマップ・・・当時の他の機種(PC-98など)では「グラフィック」と呼ばれた、1bitが1dotに相当する画面をX68kではテキスト画面に使用しています。これを以下「テキスト画面」と呼びます。
この画面は全部で4枚あり、表示時には重ねあわされるために16色を表示可能です。
テキスト画面は1024×1024の実画面を持ち、上下がつながった形でスクロールすることが可能でした。(左右はつながっていません)
縦方向ビットマップは現在の多くのパソコンで画面表示に使われているような方式で、1byteや1wordが直接1dotに対応します。こちらは「グラフィック画面」と呼びます。
実画面は1024×1024dotで16色、または512×512dotで、16色4枚、256色2枚、65536色1枚のいずれかを選択できます。当然スクロール出来ますし、こちらはテキスト画面と違い、上下左右がすべてつながっています。
このVRAMは非常に奇妙な構造をしており、1dotが4bitでも、8bitでも、16bitでも、CPUから見たドット位置とアドレスの関係は変化しません(つねに1dotは16bit幅です)。
しかし実際にアクセスできるのは必要なbitのみで、余った分は別のアドレスに割り振られます。この構造により、ユーザーはVRAMの構造を気にせずにプログラムを組むことが出来ます。
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青の部分がアクセス可能領域で、白の部分は無効となる。 16色で4画面のときと、256色で2画面のときと、65536色で1画面のときでは使用するアドレス空間は異なるが、実際にアクセス可能な領域の面積(メモリ量)は変わらないのがわかる。 なお、1024×1024dot・16色の実画面は、ドットとアドレスの関係は変化するが使用するメモリ空間は16色4画面と同じである。 |
残ったスプライトですが、これも非常に面白い構造になっています。個人的にはファミコンを彷彿とさせてくれるので好きです。(非常に良く似た特徴を持っています)
1枚のスプライトは16×16dotの大きさで、16色使うことが出来ました(うち、1色は透明色)。パレットは全部で16本あり、画面全体では最大256色が使用できます。
画面上には全部で128個のスプライトが表示できます。ただし、表示にはラインバッファ展開を使用しているため、横にならぶのは32個までという制限があります。
表示パターンは最大256パターンを定義できます。ただし、通常はこの半分の128個分を定義し、残りのメモリをBG表示に割り振ります。
BGというのはキャラクタ番号を指定するとその形状が画面に表示される・・・いわゆる「テキスト画面」で、スプライトパターンの定義メモリを64パターン分使用して2枚まで持つことが出来ました。
1枚のBG面は32×32キャラクター(通常512×512)で、キャラクターパターンはスプライトと共有です。
そして、これがX68kの最大の特徴ですが、これらの画面はすべて、重ね合せて表示することが可能です。
つまり、テキスト画面にグラフィック画面最大4枚、BG画面最大2枚の7枚を重ね、そのなかをスプライトキャラクターを飛び回らせることが可能でした。しかも、それらの重ね合せには「半透明」などの特殊プライオリティを指定することも可能です。
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青で示した「スプライト」部分ではスプライト表示位置をBG1、2の位置関係で選択可能。しかし、BG1と2の位置関係は変更できない。 緑で示した「グラフィック」部分は、Plane1〜4の位置関係を自由に変更可能。 スプライト、グラフィック、テキストそれぞれの位置関係は変更可能だが、ブロックのなかに割り込ませることは出来ない。つまり、図でいえば同じ色で他を挟むような位置は設定できないが、スプライトの後ろにテキストをもってきたりすることは可能。 スーパーインポーズを使用するときは、これらすべての後ろにテレビ画面がくる形になる。 |
個人の持てるコンピューターでは、いまだにこれ程の重ね合せ性能を持つ機械はありません。(かろうじてセガサターンが背景画面最大5枚にスプライトを重ねられる程度です)
重ね合わせ性能に限っていえば、このスペックは当時の・・・いや、いまですら業務用ゲーム機のローエンドを軽くしのぐ性能です。(さすがにハイエンド機にはかなわないが)
そして、それを誇示するかのように、初代X68kには業務用と見間違えるような出来の「グラディウス」が標準添付されていたのでした。