MSXのシステムソフトウェア

MSX最後の回は、MSXのシステムソフトウェアについて取り上げます。

後半にはMSXの使われていた時代のオーバービューを記しておきます。

目次

MSX-BASIC MSXのBIOS MSX-DOS

MSX発売から普及まで ・・・当時の時代背景


MSX-BASIC

MSXを起動したときに、なんのカートリッジもディスクも入っていなければMSX-BASICが呼び出されます。

MSX-BASICは(当然ながら)マイクロソフト系のBASICなのですが、基本命令を見るとこれといった特徴はないようです。

しかし、その内部は非常に良く考えられており、マイクロソフトがMSXを本気で考えていたことがうかがい知れます。その1例を紹介しましょう。


MSX-BASICにはCMD命令というものがありました。この命令は「RAMアドレスFE0Dに処理を移す」命令で、そのアドレスには通常状態ではなにもしないで復帰する命令「RET」が書き込まれていました。

ユーザーはこのRAMを書き換えて無条件ジャンプ命令にすることで、自分の作成したマシン語プログラムを呼び出すことが出来ました。

自分の処理ルーチン内でCMD命令に続く文字列を解釈し、適切な処理を行うことでBASICを拡張出来ます。また、自分の拡張した命令ではなかった場合には「書き換え前のFE0Dの内容」を呼び出せば、別の拡張プログラムがあればそちらが呼び出されますし、他に拡張命令がなければRET命令でBASICに戻ることになります。

実際この方法で使用する拡周辺機器がいくつか発売されていました。カートリッジコネクタに周辺機器を挿して電源を入れると、カートリッジのプログラムが呼び出され、BASICを拡張するという仕組です。これは最近になって注目を浴びた「Plug&Play」と同じ構想で、MSXの先進性がうかがい知れる仕様です。


MSXのBIOSシステム

MSXのBIOS(Basic Input Output System)は、8bit機だとは思えないくらい充実した作りとなっています。ここまでBIOSを充実させた理由はいくつかあると思いますが、MSXが「共通規格」であることが一番の理由なようです。

このBIOSには、MSXの規格で完全に定められているはずの入出力ポートを、単に「アクセスする」だけの機能も用意されていますから、これらの機能は将来規格が変更になったときでも「共通性」を確保するためだったのでしょう。

また、BIOSによって機能を提供することで、新しい周辺機器が開発されたときにもBIOSを拡張するだけで対応出来るメリットもあります。


たとえば、「マウス」「トラックボール」「ライトペン」「タブレット」はいずれも同じ「ポインティングデバイス用BIOS」を呼び出すことで扱えました。これ以外の新しいデバイスが開発された場合も、このBIOSを書き換えることで互換を保つことが出来ます。

BASICもBIOSを呼び出すことで動作しているので、BIOSの変更はMSXで動作する全てのプログラムを変更することになります。

BIOSはアドレス0000から4byte置きにエントリされており、機能に応じたアドレスを呼び出すことで実行するようになっていました。実際にはこれらのアドレスには無条件ジャンプ命令が並んでいるだけなのですが、これも将来BIOSを書き換える場合にアドレスがずれないようにするための工夫です(そして実際に、MSX2になったときにBIOSは書き換えられました)。


MSX-DOS

MSX-DOSの存在も忘れるわけにはいきません。

MSX-DOSは(名前も似ている)MS-DOSの8bit版というような見た目をもっています。

実際にはMSX-DOSはCP/MというOSを拡張したもの(CP/Mのプログラムを実行可能)、MS-DOSはCP/Mを16bitに移植したものなので、どちらが本家やらわかりませんが。


MSX-DOSとCP/Mの違いは、MSX-DOSがフォーマット形式にMS-DOS形式を採用したことです。MSX-DOSの開発時にはすでにMS-DOSは標準フォーマットの座を確立していましたから、これは正しい選択であったと言えます。

しかし問題もありました。マイクロソフトとしては、会社でMS-DOSで作成したファイルを、家に帰ってMSX-DOSで修正する・・・などという使用法を想定していたようですが、MS-DOSはこの後すぐにバージョンアップしてフォーマットが拡張されましたし、日本においてはMSXで漢字を扱う方法を定めなかったなどの問題があり、思惑通りにはいかなかったようです。

MSXにディスクドライブを拡張するとDISK-BASICが使用可能となりましたが、このBASICのフォーマットもMSX-DOSと同じ形式でした。

現在ではこれはあたりまえのように感じますが、DOSの有用性が認識されていなかった当時としては画期的なことでした。(当時の98では、DOSとBASICは違うフォーマットでした)

MSXにおけるMSX-DOSの導入は早すぎたようで、本当にDOSが活用されるようになるまでにはながい時間が必要となります。MSX-DOSが表舞台にたつのは、MSX2後期〜MSXturboRの時代まで待たなくてはならないのです。

H25カタログ  MSX後期の低価格機の1つ、日立のH25。メモリ32Kで¥34800.-
 日立のHシリーズはユニークな設計をしており、H1ではキャリングハンドル付、H2ではカセットレコーダー内蔵、MSX2となったH3では手書きタブレットを標準装備していた。
 しかしH3よりも後に登場したH25ではMSXに戻り、低価格にするためか無難な構成となっている。なお、この後H25よりも安く、しかし高級感を出したH50を発売してHシリーズは完結する。


MSX発売から普及まで

MSX発売当時は、「共通規格」という意味が理解されなかったこともあり、MSXはなかなか普及しませんでした。理由のひとつには「おもちゃのコンピューター」といった認識が広まってしまったことも挙げられるでしょう。

また、MSXを発売していたメーカーは独自色を出すためにさまざまな拡張を施していましたが、この拡張のせいで必要以上に値段が高くなっていたのも普及を妨げた原因のようです。


MSXの普及に失敗したアスキー/マイクロソフトは、わずか2年間で「共通規格」の拡張であるMSX2を発表します。これには発表当初から意見がわかれ、機能が上がったことに対する賛成派と、共通の意味が薄れることに対する反対派が現われました。

消費者の嗜好が2つにわかれれば、供給するメーカーも2つにわかれます。いくつかのメーカーは高級路線としてMSX2を作り、いくつかのメーカーはMSXを作り続けることになります。


状況だけを見ると悲劇的ですが、これが効を奏しました。MSXを作るメーカーはどんなに機能を拡張してもMSX2には追い付けないので、機能を切り詰めて安い機械を発売することになります。しかも、作るメーカーが複数あるので、競争が始まります。MSXの値段はどんどん下がり、普及を助ける事になりました。


そしてついに勝者があらわれます。CASIOのPVシリーズ、そしてMX-10がそれでした。

PVシリーズには、PV-7、PV-16という2つの機種があります。PV-7はRAM容量を8Kに抑えることで29800円という破格値で発売され、人気を呼びました。しかし8Kではカセットテープのソフトはおろか、ROMカートリッジのゲームにも動かないものがありました。そこで、値段はそのままにメモリを倍の16Kに増やしたのがPV-16です。

その後、メモリ量はそのままに値段を19800円と下げたMX-10が発売されます。MX-10はカートリッジスロットを1つしかもたず、しかもそのスロットは+12Vを必要とする拡張機器が接続出来ないという、簡略化されたものでした。

プリンタ、RS-232C、DISKなどは当然もたず、カセットインターフェイスは簡略化された特殊なもの、キーボードはゴム製という仕様でしたが、ジョイスティック端子だけはちゃんと2つあり、しかもキーボードの上にジョイスティックの役割を果たすキーまで配置されていました。

CASIO MX-10外箱  数あるMSX中最低価格となった、MX-10。
 右手にある青いカーソルキーのようなものは実はジョイパッドであり、カーソルキーはその上に横一列に並んでいる。このことからも、カーソルキーを駆使するようなプログラム作成・ワープロなどに使用する機種ではなく、ゲーム機なんだという主張がうかがい知れる。
 なお、ジョイスティックのボタンは左下に2つついている、やはり青いボタンである。

つまり、MX-10はMSXの格好をしたゲーム機なのです。この割り切りが安さの秘密でしたが、それでもMX-10は爆発的なヒットとなります。


個人的には、このヒットの裏には、ちょうどこの頃NEOSが発売した「MSX2拡張アダプタ」の存在があるような気がします。

このアダプタはMSXをMSX2に拡張するというとんでもないもので、MX-10とMX-10拡張ボックス(これを使用するとカートリッジスロットが増え、拡張機器も接続出来た)と拡張アダプタを足しても、MSX2を買うのと同等の値段でした。そのため、皆が「今はMSXを使っておいて、将来拡張しよう」と考えたのではないでしょうか?


しかし、ROMゲームで遊ぶのが精一杯でプログラムに向かないMX-10は、買ったもののもてあます人も多かったようです。私もいらないという友人から3千円で購入したのがMX-10との出会いです。

そして、「拡張によって、市販より安くMSX2を入手できる」ということは、MSX2も切り詰めれば安く出来る事を意味します。実際この半年後にはMSX2は劇的な値下げによって一気に底辺を広げ、やっと「共通規格」としての面目を保つことになるのです。

(ページ作成 1996-10-26)
(最終更新 1999-03-31)

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